半島彩発見

【東松浦半島】玄界灘の幸と城下町の文化を巡る

文/吉原 徹 撮影/宮濱祐美子

九州の北西部に広がり、日本屈指の好漁場として知られる玄界灘。その豊かな海に突き出し、背後に脊振(せふり)山系の山々を従えているのが、佐賀県の東松浦半島だ。古くから天然の良港として発展してきた呼子(よぶこ)でイカの活造りを味わい、海と山が描き出す風景を眺め、唐津で城下町の歴史に触れる……。東松浦半島でしか味わえない美食と文化を巡る旅へ。

 

透き通るイカの活造りに感動!

▲いか活造り定食。活造りの他、イカシュウマイやイカの天ぷらなどが付く。

 
身の奥が見えるほど透き通ったイカの刺身を口に運ぶと、コリコリ、モチモチッという食感に続いて、優しい甘味がふわりと広がっていく。その味わいは、ため息が出るほどに美味。「このためだけに東松浦半島に足を運ぶ価値がある!」と思えるくらいだった。

 
東松浦半島の先端に位置する呼子は、玄界灘に面した穏やかな港町。その名を全国に知らしめたのは、イカの活造りだ。

 

▲上/イカは人の手で触れただけでも火傷してしまうほどデリケートな食材。料理人の梅崎晃佑さんが惚れ惚れするような手つきでさばいていく。下/呼子のブルワリー「Whale Brewing」のクラフトビールも楽しめる。

▲左/イカは人の手で触れただけでも火傷してしまうほどデリケートな食材。料理人の梅崎晃佑さんが惚れ惚れするような手つきでさばいていく。右/呼子のブルワリー「Whale Brewing」のクラフトビールも楽しめる。

 
「イカはとても繊細な生き物なので、わずかな水温の変化や輸送のストレスで鮮度が落ちてしまいます。目の前の漁港で水揚げされたイカを、すばやく店内の生け簀(す)や店外のタンクに移し、注文を受けてから熟練の料理人がさばく。鮮度抜群の活造りを味わっていただくために、そのような工夫を重ねています」と話すのは、「河太郎 呼子店」料理人の梅崎晃佑さん。

 

▲店は漁港の目の前。水揚げされたばかりのイカを扱うには、絶好のロケーション。店内からも海を一望できる。

 
昭和36(1961)年創業の「河太郎」は、イカの活造りの元祖として知られる店。同店では、イカの生息域の海水を輸送・浄化して生け簀の水に使用するなど、徹底したこだわりによって、身の透き通った活造りを実現しているという。

 

▲ゲソは、やわらかな食感を楽しめる天ぷらで。

 
「4月から11月が旬のケンサキイカは、呼子のイカの代名詞。透明度が高くバランスの取れた味わいです。一方、11月から3月のアオリイカは、モチモチした歯ごたえと甘味や旨味の強さが特徴。2月から4月のコウイカは、上品な風味とやわらかな食感が持ち味。それぞれのイカを楽しんでください」と梅崎さん。

 
玄界灘の豊かな海と、人々の工夫によって生まれたイカの活造り。季節を変えて何度でも味わいたい食が、ここにある。

 

河太郎 呼子店
住所:佐賀県唐津市呼子町呼子1744-17
電話:0955-82-3208
URL:www.kawataro.jp/yobuko/

 

虹の松原と唐津城を見渡す展望台へ

▲唐津湾に面して広がる虹の松原。左手に唐津城を中心とした市街地が広がる。

 
東松浦半島の先端に位置する呼子から、玄界灘沿いを走る国道204号線を南下し、一路唐津市街地方面へ。最初に訪れたのは「鏡山展望台」だ。

 
標高284mの鏡山の山頂に位置する展望台は、唐津の風景を望む特等席。真っ青な唐津湾には、高島をはじめとする島々が浮かび、遠くには壱岐(いき)の島影もうっすらと見える。眼下に横たわる虹の松原の先には、唐津城の天守閣が立っている。穏やかで、美しい風景にしばし見入ってしまう。

 
ちなみに虹の松原は、三保の松原や気比(けひ)の松原とともに日本三大松原に数えられる景勝地。17世紀初めに初代唐津藩主の寺沢広高が防風・防潮のために植林したことをきっかけに、現在では長さ約4.5kmにわたって約100万本ものクロマツが群生しているという。

 
鏡山展望台周辺は、広々とした公園になっていて、桜の名所としても人気。唐津っ子の憩いの場として愛される公園で、のんびり散策を楽しむのもおすすめだ。

 

鏡山展望台
住所:佐賀県唐津市鏡 鏡山山頂
電話:0955-74-3355(唐津観光協会)
URL:www.karatsu-kankou.jp

 

海と城を見渡すおいしい宿

▲本館「城の間」からは、大きな窓越しに唐津城を眺めることができる。

 
東松浦半島を巡るなら、旅の拠点は唐津の城下町がおすすめ。昭和28(1953)年創業の「水野旅館」は、唐津を代表する老舗旅館だ。

 
水野旅館での滞在は、常に美しい景色とともにある。かつて紙問屋の別荘として利用されていた宿が立つのは、唐津城まで徒歩数分の場所。客室の大きな窓を開ければ、目の前には真っ青な唐津湾や「舞鶴城」の異名を持つ唐津城の姿を見ることができる。

 

▲上/玄関で出迎えてくれる女将の立花史子さんと若女将の立花知恵さん。下/客室からは唐津湾が見渡せる。1階の客室には開放的なテラスも。

▲左/玄関で出迎えてくれる女将の立花史子さんと若女将の立花知恵さん。右/客室からは唐津湾が見渡せる。1階の客室には開放的なテラスも。

 
敷地内には、豊臣秀吉が朝鮮出兵のために築城した名護屋城から昭和48(1973)年に移築した「武家屋敷門の水野門」や「観風亭(百合の間)」など、国の有形文化財に登録された歴史的な建造物も。波音を聞きながら、美しい景色や空間を眺めているだけで、旅の疲れがゆっくりとほどけてゆく。

 

▲左/木漏れ日が美しい石畳の廊下。右上/「えなが」に盛られた「とんさんなます」をはじめ、素材の味を活かした美しい料理が並ぶ。右下/水野旅館の料理を支える生け簀。イカの活造りも味わえる。

 
玄界灘の幸を活かした料理の数々も、水野旅館の大きな魅力だ。同館では、昭和36(1961)年に唐津で初めて生け簀を設置。以来、玄界灘の天然物を中心とした旬の魚を提供している。

 
そんな同館の名物のひとつが「とんさんなます(殿様刺身)」だ。
「えながなます」とも呼ばれる「とんさんなます」。「えなが」とは、漁船から海水を汲み出す柄の長い杓のことで、豊臣秀吉が名護屋城を訪れた際、唐津の漁師が魚を海水で洗って刺身にし、「えなが」にのせて差し出した。これに喜んだ秀吉は、「これぞ料理の粋である」と賞賛し、筑前姫島から肥前伊万里に及ぶ広大な地先権(漁業権)を許すお墨付きを与えたという。

 
「『とんさんなます』にはその時々の旬の魚を使っていますが、本日はアラ(クエ)。秋口から冬にかけてとてもおいしくなります」と微笑むのは、若女将の立花知恵さんだ。

 
「とんさんなます」の他にも、薬膳茶碗蒸しやサワラの焼き物など、繊細で滋味溢れる料理がずらりと並ぶ。水野旅館は、唐津ならではの美景と美食に出合える宿だ。

 

水野旅館
住所:佐賀県唐津市東城内4-50
メール:info@mizunoryokan.com
URL:www.mizunoryokan.com

 

作り手8分、使い手2分。唐津焼の美に触れる

▲「一番舘」2階は自然光が差し込むギャラリーになっている。

 
市内におよそ70の窯元があるといわれる唐津は、日本を代表する焼き物の町。土の温もりを感じる素朴な佇まいや多彩な装飾が特徴の唐津焼の魅力に触れるなら、ぜひ唐津駅から徒歩3分ほどの「美術陶磁器の店 一番舘」を訪れたい。

 

▲上/稀少な「作家もの」から日常使いできる「窯もの」まで、唐津焼を中心に幅広い焼き物が揃う。下/この日のギャラリーには、十三代中里太郎右衛門の叩き絵唐津松文耳付壺(左)と中里隆の唐津南蛮大壺(右)が展示されていた。

▲左/稀少な「作家もの」から日常使いできる「窯もの」まで、唐津焼を中心に幅広い焼き物が揃う。右/この日のギャラリーには、十三代中里太郎右衛門の叩き絵唐津松文耳付壺(左)と中里隆の唐津南蛮大壺(右)が展示されていた。

 
同店に足を踏み入れると、肥前の三右衛門(唐津の中里太郎右衛門、有田の酒井田柿右衛門、今泉今右衛門)と呼ばれる窯元をはじめ、隆太窯や赤水窯など、多彩な窯元の器が並ぶ。また、十四代中里太郎右衛門を筆頭に、中里隆さん、中里太亀さん、中里花子さんといった唐津焼の人気作家の作品も充実。個性豊かな器が一堂に会する様子は、まさに佐賀の器のショーケースのようだ。

 
「先代から付き合いのある窯元から若手の作品まで幅広く扱っていますが、何より大切にしているのは、お客さまに自信を持ってすすめられる器であること。2階はギャラリーとして運営していて、唐津の若手作家の個展や、私自身が大ファンである中里隆先生の作品の展示などを行っています」と話すのは、オーナーの坂本直樹さん。

 

▲一番舘が運営する「唐津ちょこバル Karatsu Choko Bar」のカウンターに立つオーナーの坂本直樹さん。

 
一番舘の目の前には、唐津焼の器で唐津の地酒や料理を味わえる「唐津ちょこバル Karatsu Choko Bar」も。

 
「作り手8分、使い手2分といわれるように、使い込むことで味わいが増すことが唐津焼の魅力のひとつ。その楽しみを、気軽に体験していただきたいんです」と坂本さんは話す。

 
美しい器を見て、触れて、楽しむ。一番舘を訪れれば、きっとお気に入りの唐津焼が見つかるはずだ。

 

美術陶磁器の店 一番舘
住所:佐賀県唐津市呉服町1807
電話:0955-73-0007
URL:www.1bankan.com

 

唐津ちょこバル Karatsu Choko Bar
住所:佐賀県唐津市呉服町1809
電話:090-5385-0073
URL:www.instagram.com/chokobar.karatsu/

 

めくるめく魅惑の佐賀牛ワールドへ

▲佐賀牛、伊万里牛のA5ランクを中心に、佐賀の食材にこだわる店舗。

 
玄界灘に突き出した東松浦半島は、食材の宝庫。海の幸はもちろん、肥沃な大地で育まれた野菜や肉の質の高さでも知られている。例えば、玄界灘に面して広がる唐津の玄海地区は、佐賀牛の主要産地だ。

 
佐賀牛とは、佐賀県内の肥育農家で育てられた黒毛和牛の中で、最高品質の5等級もしくは4等級で脂肪交雑(BMS値)が7以上のものだけに許されるブランド牛。その格付の厳しさは全国の銘柄牛の中でもトップクラスだ。

 
そんな佐賀牛の味わいを、熟練のシェフの腕によって最大限に引き出すのが、唐津のステーキ専門店「キャラバン」。

 
「『霜降りの肉は、脂が強くてあまり食べられない』。そんな印象を持つ方もいると思います。でも、実はそれは焼き方が間違っているだけ。肉は焼けば焼くほど、脂が出てクドくなる。食べる方の好みにあわせて火入れの温度にこだわることで、おいしく食べられるんです」と話すのは、シェフの河上彰範さん。

 

▲上/佐賀牛唐津焼しゃぶ。下/佐賀牛炙り鮨。料理に使用する器は、全て唐津焼だ。

▲左/佐賀牛唐津焼しゃぶ。右/佐賀牛炙り鮨。料理に使用する器は、全て唐津焼だ。

 
鉄板を前に楽しむ佐賀牛のおまかせコースは、驚きに満ちた体験だった。鉄板で温めた唐津焼の器で肉にさっと火を通す「唐津焼しゃぶ」、赤酢の利いたシャリと肉の甘味が調和する「炙り鮨」、「鉄板炙り焼き」など、佐賀牛を使った一品一品が、美しく、繊細な味わい。霜降りのキメの細かさや脂の上品な甘さを楽しめる仕上がりだ。

 

▲上/初代の父の店を受け継ぎ、腕を振るう二代目シェフの河上彰範さん。下/メインのステーキ。ゲストの好みにあわせて部位や温度を調整する。

▲左/初代の父の店を受け継ぎ、腕を振るう二代目シェフの河上彰範さん。右/メインのステーキ。ゲストの好みにあわせて部位や温度を調整する。

 
名門ホテルの厨房から精肉店まで、肉にまつわるさまざまな仕事場で研究を重ねてきたシェフとの会話を楽しみながら味わっていると、いよいよクライマックスのステーキが登場。香ばしく焼かれたシャトーブリアンに歯を入れた瞬間、口の中にジューシーな旨味が広がり、思わず笑顔になってしまう。
 
「実は本日お出しした料理は、全て少しずつ火入れの温度を変えています。お客さまと会話し、その反応を見ながら、どの温度帯が最もおいしく味わっていただけるかを見極めているんです。このステーキの中心温度は、15~17℃。どうです? おいしいでしょう?」
 
めくるめく魅惑の佐賀牛体験、ここにあり。

 

キャラバン
住所:佐賀県唐津市中町1845
電話:0955-74-2326
URL:https://ca1979.com

 

唐津銘菓の松露(しょうろ)饅頭をお土産に

▲一つ一つ丁寧に手作りする松露饅頭は、唐津で愛され続ける郷土の味。

 
ころりと丸いルックスが人気の唐津銘菓、松露饅頭。松露とは、松林の地中で育つ卵型のキノコのことで、饅頭の形が虹の松原の松露に似ていることから、その名が付けられたという。

 
唐津駅から徒歩3分ほどの「宮田の松露饅頭 本店」は、江戸時代後期の天保年間(1830~1844年)に創業。保存料や化学調味料、添加物は一切使わず、昔ながらの製法で松露饅頭を作り続ける老舗だ。

 

▲上/木の温もりを活かしたレトロ&モダンな内装も魅力。下/軽くて持ち運びしやすいのでお土産として重宝される。

▲左/木の温もりを活かしたレトロ&モダンな内装も魅力。右/軽くて持ち運びしやすいのでお土産として重宝される。

 
「松露饅頭は、こしあんをカステラ生地で包んだ和菓子。手焼きで一つ一つ作っていますが、生地を薄く焼くのに技術が必要で、若い頃は父親によく怒られました」と話すのは、店主の宮田正英さん。

 
小さな松露饅頭を口に入れると、素朴でさっぱりとした甘さがふわり。お茶請けとしてはもちろん、コーヒーにも合いそうな味わいだ。

 
松露饅頭は同店の他、唐津の名産品が揃う「唐津市ふるさと会館アルピノ」などでも購入できるので、東松浦半島の旅の思い出に持ち帰りたい。

 

宮田の松露饅頭 本店
住所:佐賀県唐津市呉服町1815-1
電話:0955-72-2596
URL:www.yu-netkita.com/miyata/

 

美食、絶景、歴史文化。旅の魅力に溢れる半島へ

▲日本屈指の漁場ともいわれる玄界灘。

 
玄界灘の海の幸、唐津焼や絶品ステーキ、美しい風景……。東松浦半島には「このために旅をしたい!」と思えるようなスポットが数多くある。福岡空港や佐賀空港はもちろん、長崎空港からも車でアクセスしやすい上に、見所がコンパクトにまとまっていて周遊しやすいのもうれしいポイントだ。次回の九州旅行では、旅の魅力に溢れた東松浦半島に出かけてみてはいかが?

 
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。

 

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