目次
雲仙火山を抱く半島の食を探訪
長崎県の南東にある大きな袋地型の半島、それが島原半島だ。真ん中にはよく知られた普賢岳(ふげんだけ)や平成新山をはじめとした雲仙火山群。ゆるやかな丘陵地帯は、穏やかな有明海と橘湾にぐるりと取り囲まれている。こうした半島ならではの景観は、日本で最初の国立公園である「雲仙天草国立公園」にも指定されており、至る所で自然の美しさを感じることができる。
さて、今回はそんな豊かな半島が生み出した、食を巡る旅。島原半島には、肥沃な大地と清らかな水が育む食材や、受け継がれてきた伝統の味がたくさんある。海岸線に沿って車を走らせ、美しい風景を楽しみながら周遊してみたい。
在来種の野菜に出合える“オーガニック直売所”
▲直売所の半径20km以内の畑からやってきた個性豊かな野菜たち。真ん中の細長いものは“八姫かぼちゃ”。
長崎空港から車を50分ほど走らせ、最初に向かったのは、島原半島の付け根部分から西に広がる雲仙市。海岸線沿いのドライブを楽しむうちに、やがて「農産物直売所」の大きな立て看板が見えてきた。といっても、よく見かける直売所とはちょっと違う、この店の名は「タネト」。自家採種した在来種の野菜を軸に、栽培期間中は農薬・化学肥料を使わずに育てた農産物を扱う“オーガニック直売所”だ。
訪れたのはまだ晩秋の頃。店に足を踏み入れると、目を引いたのは色も形も種類豊富なカボチャだった。「同じカボチャでもいろんな形や色のものがあるでしょう?」と話すのは、店主の奥津爾(おくつ・ちかし)さん。確かに、オレンジ系のひょろりと長いものから、お馴染みの深緑の扁平な形まで、ひとつひとつが個性豊かで見ているだけで楽しい。
「たとえばこれは、在来種の“八姫(やひめ)かぼちゃ”。同じ品種でも、丸い形のものもあれば、ひょうたんのような形のものもあって、均一じゃないんです。品種改良された野菜は形が揃っているけれど、在来種の野菜は違います。それって、人間も一緒ですよね?味にも多少の個体差があるので、そんなところも楽しんでください」
そんな奥津さんの言葉を聞くと、他の野菜もさらに生き生きと輝いて見える。畑から抜いたばかりのカブや人参はみずみずしく、葉もふさふさ。この半島でのびのびと育った野菜たちは、「おいしいから食べてみて!」と話しかけてくるようなのだ。


▲上/店内には野菜の他にも調味料、器、本などが並ぶ。下/店内で使用するショッピングバッグは、コメ袋のアップサイクル。
▲左/店内には野菜の他にも調味料、器、本などが並ぶ。右/店内で使用するショッピングバッグは、コメ袋のアップサイクル。
かつて奥津さんは妻の典子さんと共に、東京で飲食店や料理教室を営んでいた。雲仙市に移住したきっかけは、生産者の岩崎政利さんが種を自家採取し、守り育ててきた在来種の野菜に感銘を受けたこと。その後、2019年にこの直売所を開いた理由についても教えてくれた。
「岩崎さんがつくる在来種の野菜はもちろん、ここにはせっかく農薬や化学肥料を使わずに自然な野菜を育てる農家さんがいる。都市部に出荷するばかりではなく、地元にその価値を堂々と伝えて売ることができる場所があればいいと思ったんです。僕らのような店があることで、地元で食のいい循環ができれば、食文化も変わると思っています」
▲店主の奥津爾さん(上段右)と奥さまの典子さん(下段右)、生産者の皆さんとお客さんたち。
旅先で食材を買い求めるのは楽しい。奥津さんに「ジャガイモ、おすすめですよ」と教えてもらいながら、ふと店内に目を向けると、納品のために訪れた生産者さんが馴染みのお客さんと野菜の話をしたり、生産者同士が井戸端会議に花を咲かせていたり、“いい循環”はすでに生まれている。つくり手と食べ手の距離の近さもまた、魅力的な店なのだ。
タネト 食 買物
住所:長崎県雲仙市千々石町丙2138-1
電話:0957-37-2238
URL:https://www.organic-base.com/taneto/
一面に広がる棚畑が壮観な展望台へ
▲美しい棚畑の向こうには、一面に海が広がっている。
再び車を走らせ、半島の南端へ。すると、たびたび目に留まるのが棚畑(たなばたけ)と棚田だ。火山を抱く島原半島はかつて、土石流や火砕流が堆積してできた傾斜の多い、農業を営むには困難な土地だったという。それをこの半島に暮らす先人たちがコツコツと長い年月をかけて開墾したことで、この地形を生かした美しい棚畑と棚田が生まれたのだ。
赤土と石積によってつくられた島原らしい風景をじっくり見てみたいと思い、立ち寄ったのが「南串山棚畑展望台」だ。「長崎県だんだん畑10選」に選定されている「辺木(へぎ)地区・小竹木(こたけぎ)地区」に広がる、約800枚の棚畑を一望できるスポットである。
温暖な気候を生かして、この畑で栽培されているのは、主にジャガイモ。作付けが行われる3月になると、畑に張られたマルチシートの照り返しが非常に美しいことから、数多くの写真愛好家が訪れることでも知られている。
晴れている日は、展望台から橘湾の対岸の長崎市まで見通すことができる。開放感たっぷりの絶景を楽しみながら、深呼吸してみてはどうだろう。
南串山棚畑展望台 自然
住所:長崎県雲仙市南串山町丙8164
電話:0957-47-7834(雲仙市役所 観光物産課)
URL:https://www.city.unzen.nagasaki.jp/kankou/kiji0032688/
江戸時代から伝わる「具雑煮」を味わう
▲13種類の具材が楽しめる「具雑煮」は、江戸時代から島原に伝えられてきた味。
島原半島を訪れたからにはぜひ、この土地で受け継がれてきた伝統料理も食べてみたい。地元の人々が教えてくれたのは、多彩な具材と丸餅を一緒にだしで煮込み、土鍋仕立てにした「具雑煮(ぐぞうに)」だ。
その歴史は古く、寛永14(1637)年の島原の乱にまでさかのぼる。総大将の天草四郎が3万7000人ものキリスト教信徒たちと籠城し、兵糧の餅とさまざまな具材を一緒に煮て食べ、長期にわたる戦に向けた体力と気力を養ったのが始まりなのだそう。お雑煮だけに、家庭では正月などに食べられていたが、島原名物となった今では、お店で一年中味わうことができるというのが面白い。
そこで訪れたのが半島の東側、有明海に面した島原市にある「姫松屋(ひめまつや)」だ。創業は江戸時代、文化10(1813)年。初代・糀屋善衛ェ門(こうじや・ぜんえもん)が考案した味を今に受け継ぐ、老舗である。
「ぜひ、伝統の具雑煮を味わってみてください」と話すのは、7代目として暖簾を守る姫田誠さん。熱々の土鍋の蓋を開けると、鰹と昆布の澄んだ合わせだしのいい香り!その中に入っている具材は全13種、小ぶりの丸餅、鶏肉、焼きアナゴ、2種のカマボコ、竹輪、高野豆腐、薄焼き卵、白菜、レンコン、ゴボウ、干し椎茸、三つ葉(冬季は春菊)がぎっしり。だしがしみたやわらかな餅はしみじみと味わい深く、どの具材とも相性がいい。なんと贅沢なお雑煮なのだろう。
▲7代目の姫田誠さん。先代から受け継いだ味を守り続けている。
「ぜひ、手をかけてとっている“だし”を味わっていただきたいですね。醤油もこの具雑煮のために、地元の醤油メーカーに特注でつくってもらっています」と、姫田さん。そのほか、白菜は“唐人菜(とうじんな)”と呼ばれる長崎の伝統品種を使うのも、このお雑煮のおいしさを支えているという。中国の山東省から伝来したといわれる白菜で、煮てもしっかり食感が残り、青菜に近い風味がある。
店の真向かいには、白い天守閣が美しい島原城が佇む。歴史的な名所を散策した後に立ち寄るのもおすすめだ。


▲上/店は島原城の真正面。観光の後に立ち寄りたい。下/200席以上あり、ゆったりと落ち着ける店内。
▲左/店は島原城の真正面。観光の後に立ち寄りたい。右/200席以上あり、ゆったりと落ち着ける店内。
姫松屋 本店 食
住所:長崎県島原市城内一丁目1208(島原城正面)
電話:0957-63-7272
URL:https://www.himematsuya.jp/
骨付きがたまらない島原名物の唐揚げ
▲「あらかぶの味噌汁と唐揚げ定食」は数量限定メニュー。尾頭付きのアラカブに感動!
郷土料理とはちょっと違うけれど、「本当においしい」と地元の人々が口を揃えて言うもうひとつの島原名物がある。それが「鶏の白石(しらいし)」の“唐揚げ”。昭和40年代に創業し、半世紀以上、地元の人々に愛されてきた味だ。ランチタイムをとっくに過ぎた15時頃でも、持ち帰りで買っていく人々がひっきりなしに訪れ、その人気ぶりがうかがえる。
メニューを見てみると、鶏の唐揚げの定食だけでも、“ぶつ切”や“骨ぬき”などバリエーションが豊富で、どれにしようか迷ってしまうほど!悩んだ末に注文したのは、観光客にも人気が高いという「あらかぶの味噌汁と唐揚げ定食」だ。
運ばれてきたのは、豪快な骨付き鶏もも肉の唐揚げ!醤油ベースの下味がしっかりしみた鶏もも肉はしっとりとやわらかく、皮はパリッパリ。みずみずしい千切りキャベツがさっぱりとして、よく合う。長崎ではお馴染みの魚“アラカブ”は、カサゴの仲間。地元では大きなものは煮付けにするが、小さなものはまるごと汁物に入れ、だしと具材を兼ねるのだという。やさしい旨味が感じられ、ほっとするおいしさだ。
「両親から受け継いだ味なんですが、なんでもない普通の唐揚げなんですよ」と控えめに話すのは、店主の森人代(もり・たみよ)さん。でも聞いてみれば、おいしさにはやっぱり理由があった。
▲「うちで食事をしたお客さんには、しっかりお腹を満たして帰っていただきたいんです」と話す、店主の森人代さん。
島原半島には鶏の畜産農場があり、朝びきにしたものが届くので、なんといっても鮮度抜群。醤油などの調味料は地元メーカーのものを使い、時間をかけて丁寧に下味を馴染ませている。箸休めにうれしい小皿の高菜漬けも、信頼できる近隣の店に発注しているのだそう。「昔から変わらず、地元の食材だけで成り立っています。“地産地消”だから、味が変わっていないんでしょうね」と森さんは言う。
実は、「唐揚げ定食」だけでなく、「エビフライ定食」や「ステーキ定食」、「カレー」など、他のメニューも充実している。それは、頻繁に通ってくれる地元のお客さんが飽きないようにという心くばりから。今までもこれからも、島原になくてはならない食堂なのである。
鶏の白石(南島原 本店) 食
住所:長崎県南島原市布津町乙1487-7
電話:0957-72-3369
URL:https://tori-shiraishi.jp/
伝統製法の手延べそうめんをお土産に
▲良質な北海道産小麦粉を使用した、定番の「手延べそうめん」。
島原の名産品として多くの人が思い浮かべるのは、「手延べそうめん」だろう。半島の南東部に位置する南島原市は、日本における手延べそうめんの約3割がつくられている、まさにそうめんのまちだ。
その起源は古く、約400年前に中国の僧によって製法が伝えられたという説、島原の乱の後に小豆島から移住した人々が伝えたという説など、諸説がある。いずれにせよ、火山灰層でろ過されたミネラル豊富な地下水があり、乾燥に適した海風に恵まれているなど、この地域には昔から、そうめんづくりに最適な条件が揃っていたことは間違いない。
そんな島原の味をお土産に持ち帰りたいと訪れたのが、北有馬町の「手のべ陣川」。昔ながらの伝統を守りながら、数々の新しい取り組みをしていると評判の麺工房だ。もともとは日本酒の酒蔵を営んでいたが、戦争を経て原料の不作などもあり、昭和56(1981)年に商売替えをすることに。「このあたりは昔から水がおいしい地域で、酒づくりに適していました。せっかくいい水があるのだからと、先代が酒の代わりにそうめんをつくり始めたんです」と教えてくれたのは、12代目の陣川健吾さんだ。
この日は特別に製造工程の一部を見せてもらい、何度も何度も生地を熟成させることに驚かされた。ひとつの工程を終えるごとにねかせて、小麦粉に含まれるグルテンをしっかりつなげることで、つるりとした喉ごしのよさとコシが生まれるのだという。2本の棒に8の字に“綾掛(あやか)け”をして、鉛筆ほどの太さから少しずつ、繊細な細さになるまで延ばしていく作業は、手延べならでは。思わず見惚れてしまう、職人技だ。
▲綾掛けした麺を数回に分けて、少しずつ延ばしていく。まさに“手延べ”なのである。
延ばした麺を乾燥させる工程にも、同社の独自の工夫があるという。かつては天日干しが伝統的な製法だったが、90年代に普賢岳が噴火して灰が降り、外に干せなくなったからだ。
「衛生面からも室内で乾燥させるようになったんですが、自然の風でゆっくり乾燥させたほうが、麺がよく締まっておいしいんです。そこで考えたのが、工房を“二重屋根構造”にすることでした。屋根の上に屋根を重ねて外気を大量に取り込むことができる設計にしたんです。こうすることで、天日干しに近い環境で、じっくり乾燥させることができるようになりました」
▲最終的に2mほどの長さまで延ばし、乾燥させる。まだやわらかい麺同士がくっつかないように、箸でさばくのも職人の手作業だ。
こうしてつくられた手延べ製法の麺は、そうめん以外にも種類豊富。うどんにひやむぎ、中華麺、金胡麻や黒胡麻を練り込んだ麺なども並び、選ぶのに迷ってしまうほど。旅から戻った後も、思い出を反芻しながら、食べ比べを楽しむことができそうだ。


▲上/店内には多彩な手延べ麺が並ぶ。下/店舗の奥に併設されている工房は、外気を取り入れるために二重屋根構造になっている。
▲左/店内には多彩な手延べ麺が並ぶ。右/店舗の奥に併設されている工房は、外気を取り入れるために二重屋根構造になっている。
手のべ陣川 食 買物
住所:長崎県南島原市北有馬町己564-1
電話:0957-84-3012
0120-581-005
URL:http://www.jin-men.com/
一度訪れれば、きっとまた行きたくなる
島原半島をぐるりと巡った今回の旅。人から人へ、受け継がれてきた食の豊かさに心動かされたのはもちろんだが、魅力はそれだけに尽きない。青い海と脈々と連なる山々が織りなす雄大な風景、こんこんと湯が湧き出る温泉郷、歴史に彩られたレトロな城下町。行ってみたい場所はまだまだ尽きない。島原は一度訪れれば再び行きたくなる。そんな素敵な半島なのだ。
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。
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