愛媛県の西の端、約50kmにわたって東西に延びる佐田岬(さだみさき)半島は、「日本で一番細長い」と称される半島。北を瀬戸内海、南を宇和海(うわかい。豊後水道の愛媛県側の海域)に挟まれて、海と山の美しい風景に出合えるだけでなく、ブリやタイ、シラス、伊勢エビといった海の幸や、ミカンをはじめバリエーション豊かな柑橘類が楽しめる。1年の平均気温は16℃、真冬でも5℃前後と温暖で過ごしやすい気候も魅力のひとつ。のんびり、ゆるり、穏やかな風景との出合いを楽しみに出かけてみよう。
目次
3つの太陽が育むミカンと、こだわりのジュース
愛媛の玄関口、松山空港から車で1時間と少し。佐田岬半島の入り口に当たる八幡浜(やわたはま)市は、県内でも有数の柑橘産地だ。市内の向灘(むかいなだ)地区でミカン栽培を手がける濵田(はまだ)農園は、現在の代表取締役・濵田直人さんで5代目を数える歴史ある農家。東京ドームよりやや大きいという広大な面積の畑で温州ミカンを栽培しているほか、こだわりの製法で作るジュースが愛媛のお土産として人気を呼んでいる。
「この辺りの畑は、山の斜面に沿って広がる段々畑で全体に南向き。地理的条件にとても恵まれています。私たちは『3つの太陽』と呼んでいますが、上から降り注ぐ太陽の光、海からの反射光、段々畑の石垣からの反射光、と3つの方向からたっぷり光が当たっておいしいミカンが育つんですよ」と、濵田さん。
ただ甘いだけでなく、適度な酸味を併せ持つ「バランスのよさ」が八幡浜のミカンの特徴。瓤嚢(じょうのう。ミカンの果肉を包む薄い袋の部分)が薄くて柔らかく、食べやすいところも喜ばれるそう。
おいしいミカンに加えてジュースを作り始めたのは、農園の4代目に当たる直人さんのお父さん。
「せっかく手塩にかけて作ったミカンでも、表皮の日焼けや傷などの理由で出荷できないものが、どうしても出てしまうのです。とはいえ味には遜色がないので、廃棄するのはもったいない。そこで、収穫したミカンを無駄なく使おうと、父が始めたのがジュース作りでした。今から20年近く前のことで、県内でも1、2を争う早さだったそうです」
現在では、県内で採れるさまざまな柑橘のジュースを製造、販売している濵田さん。いちばん人気は、やはり濵田農園産の温州ミカンだけを使った「きわみ」だそう。果肉のみを搾った果汁と、ミカンを丸ごと搾った果汁をブレンドする「シトラスマスター製法」で作られたジュースは、まろやかでクセがなく、でもしっかりと濃密で、子どもから大人まで万人に愛される味わい。「ミカンよりも、ミカンの味がする」と評されたこともあるとか。
「果肉だけを搾っても十分おいしいのですが、ミカン丸ごとの果汁とあわせることで風味にメリハリが出て、さらにおいしくなるんです」
780mlのボトル1本に、ミカン15~20個分もの果汁がぎゅっと詰め込まれた、なんとも贅沢なジュース。旅の思い出と一緒に持ち帰りたい。
濵田農園 食 買物 自然
住所:愛媛県八幡浜市向灘1938
電話:0894-22-5083
URL:https://shop.kiwami-mikan.net
八幡浜からイギリスへ。世界に羽ばたくマーマレード
八幡浜フェリーターミナル(八幡浜と大分県別府、または臼杵をつなぐフェリーが発着する)からほど近い商業施設「アゴラマルシェ」内に、愛媛県産柑橘を使った手作りマーマレードが並ぶショップ「オランジュルクラ」がある。オーナーの國分美由紀さんは、もとはアロマセラピストという経歴の持ち主だ。
「柑橘を使ったモノ作りのスタートは、スキンケア製品でした。これらは香り成分を含む果皮しか使わないため、果肉や果汁が余ってしまいます。もったいないので何かに使おうと考えたことから、お茶やマーマレードにつながりました」と國分さん。
初めに作ったのは、柑橘とハーブをあわせたジャムのようなお茶「アロマコンフィチュールティ」。これを2017年にイギリスのコンテスト〈英国ダルメインマーマレードアワード〉に出品することになり、一緒に出品しようと作った「ライム&ゆずマーマレード」が転機となった。
「マーマレードには、ハート型にくり抜いたライムの皮を入れました。当時のヨーロッパは、同時多発テロが起きていた頃。私にテロを止めることはできませんが、平和への祈りと、手に取った方が笑顔になってくださるようにという思いをハートに込めたのです。そのマーマレードが金賞をいただき、ロンドンの百貨店〈フォートナム・アンド・メイソン〉からオーダーが来て。まったく予想外の出来事で、送っていては納期に間に合わないので、スーツケースに詰めて自分でイギリスまで持って行きました」
こうして“イギリスのお墨付き”を得たマーマレードは、その後も2018、19、21年と3回にわたって同じく金賞を受賞。國分さんのショップの看板商品となった。ゆずのやさしい酸味とほどよい甘みで、年齢や性別を問わず人気がある。
「パンにつけたりヨーグルトに入れたりするのはもちろん、料理にもおすすめです。柑橘の栄養を丸ごと含んだお砂糖と考えると、使い道がグッと広がりますよ。私のお気に入りは、チキンソテーにソースの代わりとして付ける食べ方。ゆず独特の香りと酸味が、淡泊なチキンを引き立てます」
他にも、夏みかん、伊予柑、紅まどんななど、愛媛の柑橘の風味を生かしたマーマレードがずらり。全て手作りのため、柑橘の多くが旬を迎える冬の時期には、工房はフル稼働だそう。本場イギリスが認めたマーマレードの味わいを、ぜひお試しあれ。
オランジュルクラ 食 買物
住所(ショップ):愛媛県八幡浜市沖新田1581-23 アゴラマルシェ内
電話(事務所):0894-29-1667
URL:https://www.atrium-atrium.co.jp
佐田岬の海の恵みを、たっぷりと味わう
八幡浜から半島の先に向かって車を走らせること、1時間弱。「まりーな亭」は、佐田岬の海の恵みを存分に味わえる料理処だ。
「魚は、漁師である父が獲ったものや地元の三崎港に揚がったものを中心に、八幡浜港から仕入れることもあります」と、店主の宇都宮 圭さん。
おすすめの「三崎の海のお友達丼」は、獲れたての旬の魚と、シラス、イクラをご飯にのせたボリュームたっぷりの一品。生卵に特製のだししょうゆを加えた卵だれでいただく。ご飯は宇和島の三間(みま)米で、ほかほか、ぴかぴかの白めしだ。
「漁師飯をヒントに考えたメニューです。魚はその日の朝に水揚げされたものから選ぶので、何が出るかは食べてみてのお楽しみ。今日はサワラ、タイ、ブリ、タチウオです」
器の縁に沿って散らしてあるのは、南予名物の削りかまぼこ。ピンクが彩りを添える。
「かまぼこを乾燥させて削ったものです。この辺りでは昔から食べられてきたローカルフードで、おにぎりにまぶしたり、汁ものに入れたり、さまざまな食べ方をします」
たれをかけたら豪快に混ぜて、ご飯が温かいうちに召し上がれ!
海やそこに暮らす生き物を、大切に守りたいと考える宇都宮さん。以前から海岸でのごみ拾いも続けているそう。
「水揚げされる魚が変わったり、漂流するごみが増えたり。昔と今とでは、海もずいぶん変化しています」
シビアな海の現状を話しながらも、口調は温かでどこかユーモラス。最近は、近所にある高校の寮の食事作りも引き受けているそうで、全国からこの地に来て、暮らしながら学ぶ高校生たちに慕われている様子。料理人である宇都宮さんの手先の器用さを見込んでか(?)、ヘアカットを頼んでくる男子もいるとか。
生まれ育った故郷の海のよさを知り、料理を通して多くの人に伝え続ける。そんなエネルギッシュな宇都宮さんの料理を味わいに、何度でも足を運びたくなる。
まりーな亭 食
住所:愛媛県西宇和郡伊方町三崎589
電話:0894-54-0527
URL:https://marinatei.bona.jp
網元が営む、シラス自慢の食堂
佐田岬半島の中ほどに位置する三崎と、対岸の大分県佐賀関(さがのせき)を結ぶフェリー。そのターミナルのすぐ前にあり、海を見ながら食事を楽しめるのが「はなはな しらす食堂」だ。名前の通り、名物はシラスを使った料理。それもそのはず、ここは「朝日共販」というシラスの網元が直営する食堂なのだ。
「佐田岬の周辺は全国有数のシラス漁場で、1年を通して獲れるんです」と、支配人の佐々木伊津子さん。
シラスのおいしさに大きく関わるのは加工のスピード。しらすは足が早いため、鮮度が落ちる前に素早く加工することが大切なのだそう。そこでこちらの網元では、港から近い場所に加工設備を設け、船が着くとすぐにシラスを工場に運び込むシステムを整備。水揚げからわずか1時間ほどで釜揚げが完了するという、全国でも珍しい体制を実現した。
「シラスのおいしさを、釜揚げと生で同時に味わっていただけるのが『釜揚げ・生しらす2色丼』。朝ごはんを食べずにいらして、オープン後すぐにここで丼を、という方も多いですね」
取材に伺った日も、朝10時のオープンから続々とやって来るお客さんで、テーブルはみるみるいっぱいに。大きなガラス窓から見える風景の開放感も手伝ってか、楽しそうなおしゃべりがあちこちから聞こえていた。
おなかがいっぱいになったら、同じ建物内に併設されたショップをぶらぶら。シラスをはじめとする海の幸から、近隣で採れた農作物まで、ずらりと並ぶおいしいものたちに目移りしながら、お土産を選ぶのも楽しそう。
はなはな しらす食堂 食 買物
住所:愛媛県西宇和郡伊方町三崎1700-11
電話:0120-133-004
URL:https://www.shirasu.jp/park/
目の前に豊予海峡、その向こうには九州が
旅のハイライトは、四国最西端に立つ佐田岬灯台だ。豊後水道の航行安全を守る目的で作られ、対岸の関埼(せきさき)灯台からレンズや灯器類一式を移設する形で大正7(1918)年4月に初点灯。現在も現役の灯台として運用されている。
駐車場から灯台までは約1.8km。車を停めて林の中の遊歩道を歩いていく。距離があると聞いてはいたが、その上アップダウンも多く、なかなか歩きがいのある道のり。歩きやすい服装に、足元はスニーカーで行くのがおすすめだ。
20分ほどてくてく歩くと、ようやく視界が開けて灯台が見えてきた。灯台への階段は上らず、道なりに右方向へ。かつて漁協が使用していたという蓄養池跡を通りすぎると、突端が御籠島(みかごじま)展望所だ。目の前に豊予海峡が広がり、その向こうには九州が見える。灯台の白く美しい姿も、ここからなら存分に楽しめる。
展望所からの眺めを堪能したら、いよいよ灯台へ。急な階段を上り切ると、灯台の足元に設置された「四国最西端」の碑が迎えてくれる。船が行き交う海峡の様子を眺めていると、九州までの近さが改めて実感される。
少しずつ日が暮れてきた。駐車場までの道のりは足元が悪いところもあるので、明るいうちに戻らなくては。後ろ髪をひかれつつ、夕陽に染まる海を背に歩き始めた。
佐田岬灯台 自然 歴史文化
住所:愛媛県西宇和郡伊方町正野
海を眺めているうちに、いつしか疲れが癒やされる
四国最西端の半島は、驚きに満ちていた。海に囲まれ、海とともに生きる自然の営み。そこには、心身の疲れをリセットして、思い切り深呼吸したくなったときにぴったりの風景がある。
海の向こうにぼんやり浮かぶ九州を眺めているうち、いつの間にかエネルギーがチャージされている自分に気付くはずだ。
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。
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