半島彩発見

【国東(くにさき)半島】巡礼の道トレッキングと美食を楽しむ旅

文/吉原 徹 撮影/宮濱祐美子

独自の信仰文化と城下町の伝統

三方を海に囲まれた半島には、その地域特有の自然や文化がぎゅっと凝縮されている。大分県の北東部に位置し、周防灘に突き出た国東半島も、そんな旅先のひとつだ。

 
古くから山岳信仰の地として発展し、神仏習合の寺院が数多く点在する国東半島には、独自の信仰文化「六郷満山(ろくごうまんざん)」の世界が今も残されている。また、日出(ひじ)や杵築(きつき)といった古くからの城下町では、江戸時代から愛される郷土の食文化を楽しめるのだ。

 
祈りの道を巡り、海と山と森が描く数々の絶景と、郷土の味覚に出合う旅へ出かけよう。

 

美しき巡礼の道、ロングトレイルを歩く

▲「国東半島峯道ロングトレイル」の見所のひとつ「大不動岩屋」。

 
国東半島には、「六郷満山」と呼ばれる独自の文化がある。六郷満山とは、国東半島最高峰の両子(ふたご)山から延びる谷筋に広がる6つの郷(来縄・田染・伊美・国東・武蔵・安岐)に点在する寺院群の総称。これらの寺院では、古くからの山岳宗教や、宇佐(うさ)神宮を中心とする八幡信仰、天台系修験が融合した独自の信仰文化が受け継がれてきたという。

 

▲上/国東半島峯道トレイルクラブ事務局次長の清成隆さん。下/ロングトレイルのK-1区間の美しい林道。トレイルの要所には道標なども整備されているが、2024年夏の台風の影響で道が崩れている場所もあるので、十分に下調べし、無理のない計画で歩くようにしたい。

▲左/国東半島峯道トレイルクラブ事務局次長の清成隆さん。右/ロングトレイルのK-1区間の美しい林道。トレイルの要所には道標なども整備されているが、2024年夏の台風の影響で道が崩れている場所もあるので、十分に下調べし、無理のない計画で歩くようにしたい。

 
「六郷満山寺院の僧侶たちは、険しい山道や岩場を歩いて全長約160kmにも及ぶ祈りの道を踏破する『六郷満山峯入行』を10年に一度行っています。その峯入りの道をベースに再構成したのが『国東半島峯道ロングトレイル』です」とは、国東半島峯道トレイルクラブ事務局次長の清成隆さん。ロングトレイルは国東市側の6コースと豊後高田市側の4コースの計10区画があり、総延長は約123km。ボランティアの方などの手によって、10年ほど前から少しずつ整備されていったという。

 

▲樹林帯を抜けると岩壁が現れ、周辺には国東半島の大地が描き出すダイナミックな風景が広がる。

 
清成さんの案内で、ロングトレイルの一部を歩いてみることに。田園地帯から一歩、古道に足を踏み入れると、そこには心地よい静けさが広がっていた。森の間に続くトレイルには、時折苔むした野仏や地蔵などが現れ、ここが巡礼の道であることに気付かされる。

 
特に印象に残った場所が、「大不動岩屋」。急な岩壁を登った先に口を開ける大きな洞窟の奥には、年を経た石仏が鎮座していた。振り返ると尖塔のような岩峰が立ち並び、その荒々しい光景に思わず息をのんでしまう。

 
「このような切り立った地形は、凝灰岩と溶岩の侵食によって生まれたもので、国東半島の山々に多く見られます。岩壁にできた大きな洞窟は岩屋と呼ばれ、僧侶たちの修行の場となってきました」と清成さん。

 

▲上/不動山の頂上近くの断崖に設けられた「五辻不動」。下/不動山の中腹にある駐車場から徒歩10分ほどでアクセスできるので、ロングトレイルを歩かない人でも気軽に訪れることができる。

▲左/不動山の頂上近くの断崖に設けられた「五辻不動」。右/不動山の中腹にある駐車場から徒歩10分ほどでアクセスできるので、ロングトレイルを歩かない人でも気軽に訪れることができる。

 
「五辻(いつつじ)不動」も、ロングトレイルのK-1コースを代表する見所だ。岩壁に寄り添うように建てられたお堂には、不動明王が鎮座。視界の開けた五辻不動は、国東半島の先に広がる瀬戸内海や姫島の風景を望む絶景ポイントでもある。

 

▲「全国森林浴の森百選」にも選ばれる深い森に囲まれた両子寺の境内では、国東半島最大といわれる石像仁王が立つ。

 
国東半島最高峰の両子山(標高720.6m)の中腹に位置する両子寺は、山岳修行の中心地としての歴史を持つ寺院。広大な境内には、仁王門をはじめ、数々の美しい風景が待ち受けていた。

 

▲上/優しい表情の地蔵や石仏との出合いも楽しい。下/ひっそりとした雰囲気に包まれる奥の院。

▲左/優しい表情の地蔵や石仏との出合いも楽しい。右/ひっそりとした雰囲気に包まれる奥の院。

 
「何年もかけて一つ一つの区間を歩き、『国東半島峯道ロングトレイル』を踏破される方もいます。この夏の台風でトレイルの一部が大きなダメージを受けてしまいましたが、少しずつ修復していきたいですね。六郷満山の文化を多くの方に知っていただき、次世代に残していくために」と清成さん。

 
美しき祈りの道を歩き、この地に息づく文化を楽しむ。そんな旅の喜びが、「国東半島峯道ロングトレイル」にはある。

 

国東半島峯道ロングトレイル
住所:大分県国東市
電話:0978-72-5173(国東市観光協会)
URL:www.kunisakihantou-trail.com

 

湧水育ちの美味食材「城下(しろした)かれい」を味わう

▲二段引き(かれい引き)にした城下かれいの刺身。秘伝の梅酢ダレとの相性が抜群だ。

 
ロングトレイルを楽しんだ後は、車を走らせ国東半島の付け根に位置する日出町へ。お目当ては、古くから城下町として栄えたこの町の名物、「城下かれい」だ。

 
城下かれいとは、日出産のマコガレイのこと。昭和の初期に日出を訪れた俳人・小説家の高浜虚子(たかはまきょし)が、「海中に真清水湧きて魚育つ」という句を残しているとおり、日出城跡の下の海底からは清水が湧出し、汽水域となっている。その海で育った城下かれいは、江戸時代から高級食材として名を馳せ、将軍家にも献上されたという。

 

▲左/海沿いの日出城址から徒歩6分ほどに位置する老舗。カレイのオブジェが目印。右上/店を切り盛りする松本昇さんと文子さん。右下/店の生け簀には、昔馴染みの漁師から仕入れた城下かれいが泳ぐ。

 
「カレイのように海底で生きる魚には、普通、多少臭いがあるわな。でも、城下かれいは嫌な臭いがまったくせんのよ。水がええのか、土がええのか。詳しいことはわからんけど、上品な甘みがあって、とにかくうまい。刺身が一番やけど、湯引きにしても、煮物にしても抜群やね」とは、「割烹 能良玄家(のらくろや)」店主の松本昇さん。

 

▲上/城下かれいの煮付け。下/城下かれいの湯引き。城下かれいを、単品やコース料理などで楽しめる。

▲左/城下かれいの煮付け。右/城下かれいの湯引き。城下かれいを、単品やコース料理などで楽しめる。

 
刺身、煮付け、湯引きなど、「割烹 能良玄家」で味わう城下かれいは、いずれも逸品揃い。刺身にはほのかな甘味があり、程よい弾力が舌を喜ばせる。豊後梅を使って作るという秘伝の梅酢ダレの丸みのある酸味との相性も抜群だ。煮物はきゅっと身が締まっていて、噛むほどに味わい深い。湯引きを口に入れると、繊細で淡い香りが口中にふわりと広がっていく。

 
同店では1年を通して城下かれいを味わえるが、旬は5~9月頃。中でも7~8月は、身がぷっくりと盛り上がるベストシーズンだという。「また、城下かれいを食べに来よう」。空になったカレイをかたどった器を手に再訪を誓った。

 

割烹 能良玄家
住所:大分県速見郡日出町2573
電話:0977-72-2037
URL:https://norakuroya.jp

 

半島の先端に位置する絶景の岬へ

▲例年3月から4月にかけて見頃を迎える、長崎鼻の菜の花畑。

 
日出町から大分空港を経て、国道213号を北へ。周防灘(すおうなだ)に突き出した国東半島をぐるりと囲むように延びる道に車を走らせていると、海と山と人里が織りなす美しい景色が車窓を流れていく。中でも国東半島の先端に位置する「長崎鼻」は、絶景スポットとして人気の場所だ。

 

▲周防灘に“鼻”のように突き出す「長崎鼻」へは、大分空港から車で1時間ほど。

 
「花の岬」の愛称を持つ長崎鼻がひときわ美しいのが、春と夏の時期。約2,500万本もの菜の花が咲く3~4月と、約160万本のヒマワリに彩られる8~9月には、真っ青に輝く海や空の青と花々のコントラストを楽しむために、全国から多くの人々がやってくる。

 
花々の他にも、岬にはキャンプ場もあり、海水浴や釣りなど、アクティブな海遊びの拠点としても人気。さらに、2014年の「国東半島芸術祭」の開催地となったことをきっかけに、岬にはさまざまなアート作品も設置されている。

 

花とアートの岬 長崎鼻
住所:大分県豊後高田市見目4060
電話:0978-54-2237(長崎鼻リゾートキャンプ場)
URL:www.nagasakibana-oita.jp

 

お殿様も「うれしいのぅ」と呟く、絶品鯛茶漬け

▲「若栄屋」の名物「鯛茶漬け うれしの」は、胡麻の風味がアクセント。

 
大分空港から車で20分ほど。豊後杵築藩の城下町として栄えた町に、江戸時代初期から続く老舗の料亭がある。かつて城下で一軒だけ営業を許されていた料亭「若栄屋(わかえや/旧名:大谷屋)」の創業は1698年。その名物が「鯛茶漬け うれしの」だ。

 
「江戸時代後期に杵築藩のお殿様が私たちの先祖が作った鯛茶漬けを食べて、『うれしいのぅ』と呟いたそうです。それ以来、この鯛茶漬けは『うれしの』として受け継がれてきました」と教えてくれたのは、16代目当主の後藤源太郎さん。

 

▲上/16代目当主の後藤源太郎さん。下/杵築城のお膝元、天守に見守られているような場所に店を構える「若栄屋」。

▲左/16代目当主の後藤源太郎さん。右/杵築城のお膝元、天守に見守られているような場所に店を構える「若栄屋」。

 
鯛の切り身を胡麻ダレに漬け込み、お茶をかけて味わう「鯛茶漬け うれしの」。その味は、代々一子相伝で守られてきたという。
「江戸時代は今のように優れた保存技術があったわけではないので、『うれしの』に使う素材は至ってシンプル。近海の鯛、山香(やまが)地区の米、杵築のお茶など、ほとんどの食材が杵築から手の届く範囲で生産されたものです。もちろん家伝のタレにも、珍しい調味料などは使っていません。胡麻の練り方や寝かせ具合、醤油の分量など、細かいバランスを守り続けることで伝統の味になります」と後藤さん。

 

▲上/昭和レトロな雰囲気の母屋を抜けて、和の趣のある離れへ。下/能舞台のある広々とした空間で鯛茶漬けを味わえる。

▲左/昭和レトロな雰囲気の母屋を抜けて、和の趣のある離れへ。右/能舞台のある広々とした空間で鯛茶漬けを味わえる。

 
「鯛茶漬け うれしの」を一口味わえば、まずは濃厚な胡麻の風味が印象的。続いて切り身を噛みしめると、やや甘味のある醤油をまとった鯛の繊細な旨味が口いっぱいに溢れていく。香ばしいお茶の香りや山椒の葉のアクセントも絶妙で、思わず「うれしいのぅ」と呟きたくなるおいしさだ。

 
「今の時代は、高級な鯛や米、調味料などを全国から取り寄せて使うこともできる。あえてそれをしないのは、『鯛茶漬け うれしの』が、私たちの大切な財産であり、杵築の歴史の一部だからです。この味を、100年後、200年後に伝えていくことが私の使命だと思っています」

 

若栄屋
住所:大分県杵築市杵築665-429
電話:0978-63-5555
URL:www.instagram.com/wakaey_shop

 

素材と鮮度にこだわる、絶品りゅうきゅうをお土産に

▲ツヤツヤの切り身が美しい「大分産 ぶりのりゅうきゅう」。

 
国東半島を巡る旅も、まもなく終わり。ここで訪れたいのが、大分空港から車で20分ほどの、杵築市にある「絆屋」だ。

 
「絆屋」は、新鮮な海の幸を使ったプロダクトを手掛けるローカルな食品メーカー。その本社兼工場には直売所も併設されていて、さまざまな商品を販売している。

 

▲上/代表の中野晃一さん。下/杵築市の田園地帯に立つ本社には直売所も。「りゅうきゅう」の他にも、数多くの商品を販売する。

▲左/代表の中野晃一さん。右/杵築市の田園地帯に立つ本社には直売所も。「りゅうきゅう」の他にも、数多くの商品を販売する。

 
看板商品は、新鮮な魚を醤油や酒、みりん、胡麻などを合わせたタレで和えた大分県の郷土料理「りゅうきゅう」だ。

 
「国東半島をはじめとする大分県は、魚介類の宝庫。豊後水道のブリや真鯛、関サバや関アジなど、私が惚れ込んだ素材だけを仕入れ、鮮度を落とすことなく加工することが、『りゅうきゅう』のおいしさの秘訣です」とは、代表の中野晃一さん。

 

▲上/見るからに新鮮なブリが、次々と3枚におろされていく。下/漬けダレと合わせた切り身を冷凍。食べる数時間前に冷蔵庫に移して解凍すると、おいしく食べられるそう。

▲左/見るからに新鮮なブリが、次々と3枚におろされていく。右/漬けダレと合わせた切り身を冷凍。食べる数時間前に冷蔵庫に移して解凍すると、おいしく食べられるそう。

 
工場にお邪魔すると「鮮度が大切」という中野さんの言葉の意味が理解できた。清潔感溢れる工場では、熟練の職人たちが仕入れたばかりの魚をおろし、切り身にし、次々とタレに漬け込み、冷凍していく。その素早い手さばきは惚れ惚れするほど。

 
解凍した「ぶりのりゅうきゅう」を味わってみると、冷凍とは思えないほどプリプリとした食感。甘辛いタレのからみ具合もちょうどよく、ご飯が何杯でも食べられそうだ。直売所での販売はもちろん、オンライン販売も行っているので、Webサイトを要チェック!

 

絆屋
住所:大分県杵築市大字片野字神領1014-1
電話:0978-68-8668
URL:https://kizunaya.biz
※一般の工場見学は不可

 

香ばしくてヘルシー! 栄養満点の韃靼(だったん)そば茶

▲「豊後高田韃靼そば茶」はノンカフェインでヘルシーなお茶。ふるさと納税の返礼品としても人気が高い。

 
国東半島の北西部に広がる豊後高田市は、西日本屈指のそばの産地として知られる場所。一般的にそばは霜に弱いが、豊後高田の温暖な瀬戸内式気候を活かすことで、年2回のそばの栽培が可能となっているという。

 
豊後高田のそばの魅力をお土産として楽しむなら、豊後高田産の韃靼そばの実を100%使用し、丁寧に焙じた「豊後高田韃靼そば茶」がおすすめだ。

 
韃靼そばは、通常のそばに比べてポリフェノールの一種であるルチンが約120倍多く含まれることが特長。その実を使ったそば茶は、香ばしい香りとほんのり甘い味わいで多くのリピーターを生む人気の一品。自宅用としてはもちろん、贈り物にしても喜ばれること間違いなしだ。

 
「韃靼そば茶」は、「長崎鼻」の近くにある「道の駅くにみ」や日出町と別府市の間にある「シーガーデンひじ」などの他、大分空港の「空の駅 旅人(たびと)」でも購入できる。見かけたらぜひ手に入れておきたい一品だ。

 

豊後高田そば株式会社
住所:大分県豊後高田市中真玉3956-2
電話:0978-25-7195
URL:www.bungotakada-soba.com

 

自然に溢れ、歴史が息づく国東半島へ

▲夕日に染まりきらきらと輝く周防灘。

 
大分空港からのアクセスがよく、気軽に訪れられることも国東半島の魅力。ここには、他の地域では味わえない旅の醍醐味がぎゅっと詰まっている。六郷満山の祈りの道を歩き、伝統の城下町グルメを味わい、半島の自然や文化を次世代につなぐ人々の営みに触れる……。そんな国東半島の旅へ出かけてみてはいかがだろうか。

 
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。

 

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