学生時代、キューバでサトウキビを刈るボランティアをしていた頃、数日間だけ休みをもらって、マリア・ラ・ゴルダという海岸で過ごしたことがあります。
首都ハバナから車で約5時間、国内最大級の森林公園の一つであるグアナアカビベス半島の西に位置するマリア・ラ・ゴルダは、スキューバ・ダイビングの聖地でもあり、私がここを訪れた時も、沖合に沈む海賊船を調査するためフランスのダイバーたちが滞在している最中でした。マリア・ラ・ゴルダの海はちょうどカリブ海とメキシコ湾の間にありますが、その沖合はかつて海賊船の通り道だったそうで、海の底には戦いや嵐で沈んだ船の財宝が眠っているといわれています。
ちなみにマリア・ラ・ゴルダはスペイン語で“太ったマリア”という意味ですが、その昔、ここに寄港した海賊船がマリアという妊娠中の女性を置き去りにしたために、そんな名称になったそうです。革命後は政府の要人のための保養所として整備されましたが、現在ではキューバきっての美しいリゾートとして人気スポットになっているようです。
しかし、私が行った頃はまだ交通の便も悪く、宿は先述のフランスの潜水調査隊と私たちボランティアチームだけの貸切り状態でした。周辺の森もイグアナなど野生動物の宝庫でしたが、桟橋にはいつもペペと呼ばれているペリカンがいて、私たちが集っていると近寄ってきて愛嬌を振りまいていました。
夜は宿の料理人が自分で潜って捕ってくる魚や伊勢海老を炭火で焼いて、それをラム酒と一緒にいただくのですが、もちろんペペもご相伴にあずかります。浜から満天の星を仰ぎ見つつ、ラムのグラスを手に野生のペリカンと戯れるマリア・ラ・ゴルダでの休息は、ボランティアの疲れを癒やしただけではなく、今も思い出すだけでうっとりとした心地にさせてくれます。
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。
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