ボストンの友人宅にしばらく滞在していたころ、日帰りのできる観光地として薦められて訪れたのがセイラムでした。セイラムは古くから漁業と貿易で発展した街でしたが、鎖国時代にオランダの商船と偽って日本と交易を行っていた過去があるそうで、地元のピーボディ・エセックス博物館には日本の美術品も展示されています。
この街に暮らし、日本の大森貝塚を発見したことでも知られるエドワード・S・モースはかつてこの博物館の館長を務め、さらに、明治時代にお雇い外国人教師として日本を訪れ、岡倉天心らと交流を深めた東洋美術史家のアーネスト・フェノロサもセイラムの出身。何かと日本とは深い縁のある街なのです。
しかし、多くのアメリカ人がセイラムという街の名を聞いて思い浮かべるのは「魔女」でしょう。17世紀には大規模な魔女狩りと魔女裁判が行われ、実際何人もの女性たちが制裁を受けたという史実は多くの書籍や映画、ドラマにもなっています。
一方、現代においての「魔女」は昔のような排除の対象というより、特異ではあっても親しみやすい存在として浸透しています。実際街の佇まいも板塀やレンガの家屋が立ち並ぶ素敵な小都市ですし、通りを歩いていると魔女の帽子をかぶった観光客や、魔女グッズを扱うお店がいくつも目に入ってきます。
街には魔女裁判や制裁に関する博物館などもありますが、そもそも魔女とはなんなのか、なぜそうした迫害が発生したのか、セイラムのこうした施設は人間と社会史を知るよいきっかけにもなるでしょう。
黄色や橙(だいだい)色の美しい落ち葉の積もった道を歩いていると、TVドラマシリーズ『奥さまは魔女』の主人公であるサマンサが箒(ほうき)に乗って微笑んでいるブロンズ像と出会いました。つらい過去をふまえつつ魔女をこんな素敵なキャラクターに進化させてしまうのも、アメリカらしい文化だといえるかもしれません。
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。
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