とっておきの話

真冬のパリの街角【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

14歳の冬、突然母から「1カ月間ヨーロッパに行ってきなさい」と言われ、フランスとドイツにいる母の音楽家仲間の家へクリスマスプレゼントを届けるために、私は独りパリ行きの飛行機に乗せられました。誰に話しても驚かれるエピソードですが、本当の話です。

 
この旅での出会いや出来事についてはこちらのエッセイでも断片的に触れてきましたが、母からは最後の3日間だけはパリに滞在し、自分も行ったことのないルーヴル美術館を見てきてほしい、と頼まれていました。結局、母が私にその旅をさせたのは、当時進路指導の先生に、将来画家になりたいと伝えたところ頭ごなしに否定されて落ち込んでいる私に、経済生産性のあるなしにかかわらず、それでも芸術が人間にとってどれだけ必要なことか、本場で体感してきてほしいという目的があったようです。

 
フランス語はおろか、パリという大都市の右も左もわからぬ14歳の小娘だった私は、それでもなんとか毎日美術館に通い、道端のカフェでご飯を食べてやりくりしていました。ところが滞在最後の日、ホテルの予約がこちらの手違いで2泊分しかできておらず、私は部屋を追い出されてしまいました。

 
小雪の舞うパリの街角をしょんぼりと歩く私の姿はどこから見ても頼りないものだったに違いありません。しかし人間というのは面白いもので、たとえ子どもであろうと、危機的状況になれば冷静かつ客観的に物事を判断できる仕組みになっているようです。追い出されてからそれほど時間もたたないうちに、私は別のホテルに空き部屋を見つけてチェックインし、次の日はいつもどおりに目を覚まし、タクシーに乗って空港へと向かったのでした。

 
あの時、真冬の乳白色のパリの空の下で、突然自分の中に芽生えた「結局、頼れるのはこの世で自分だけ」という感覚は、今でもブレることなく私を支え続けています。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1巻が好評発売中。

 

(SKYWARD2024年12月号掲載)
※記載の情報は2024年12月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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JALグループ機内誌『SKYWARD』の人気連載エッセイ「ヤマザキマリの世界逍遥録」の単行本化第2弾。
同誌2020年11月号~2023年10月号掲載分より31編、JALカード会員誌『AGORA』2022年1・2月号掲載の「ヤマザキマリ 聖なる島々へ」を再編集し、収録しています。

 

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発行日:2024年10月29日
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