とっておきの話

命を育む千歳川の魅力【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

かつて札幌のオーケストラに入団していた母が、東京の実家に帰りやすいと暮らすのに選んだのが千歳市でしたが、家のすぐそばには千歳川が流れていました。支笏湖の外輪山から石狩平野の南部を通って石狩川と合流し、日本海まで注ぐこの一級河川は、珊瑚礁のようなエメラルドグリーンに輝く水面から数m下の底まで見える抜群の透明度、そして川べりに生い茂る多種多様な原生林の豊かさも含め、毎日多くの飛行機が離発着する空港から程近い場所にあるとも思えぬ、まさに北海道を象徴するようなダイナミックな自然を体感することができるでしょう。

 
子どもの頃の私は、そんな千歳川の魅力にすっかりとりつかれていました。当時通っていた小学校に隣接していた千歳神社の傍らの裏手にある土手を下ると、地元の人がプールと呼んでいたワンドがあり、夏になるとよくそこでフナやウグイなどの魚を捕まえたり、暑い日には泳いで遊んだりすることもありました。もともと水の神である弁財天を祀っていた千歳神社には湧水も出ていますが、当時はそのあたりにホタルも生息していましたし、カワセミやハクチョウ、そして今話題のシマエナガといったさまざまな野鳥をはじめ、エゾリスやエゾシカなどの野生動物と遭遇することも珍しくありませんでした。

 
秋になれば海から遡上し、産卵を終えて力尽きたサケたちが川べりに打ち上げられているのを今でも目にしますが、命をまっとうに生き抜くそうした生き物たちの姿を通じ、地球という惑星本来の姿を見せてくれる千歳川との付き合いが、後に世界の方々で暮らすことになる私の逞しさや頑強さを育んでくれたことは間違いありません。

 
今でも千歳に行くことがあると、深い森に囲まれた上流の川べりを散策することがありますが、たとえ生まれ故郷ではなくても千歳川を訪れるたび、我が家に戻ってきたような安堵を覚えるのでした。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。

 

(SKYWARD2025年7月号掲載)
※記載の情報は2025年7月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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