旅への扉

今につなぐ舟屋の営み「伊根」~暮らすように旅する海辺の京都

文/露木朋子 撮影/角田 進 イラストマップ/津村仁美

▲230軒あまり並ぶ舟屋は、伊根の象徴的な風景。

“同等一栄”の心が育む穏やかな伊根の暮らし

日本海では珍しい南向きの湾、そして若狭湾につながる伊根湾の入口には防波堤の役目を果たす青島がぽっかりと浮かぶ。この緑豊かで小さな湾を取り囲むように並んでいるのは、木造の舟屋群だ。
 
道中のどこかで時空を越えていたのか! ? と錯覚しそうなほど、郷愁に誘われる伊根の風景。1階が船のガレージで2階が居室という独特の造りを持つ舟屋の歴史は古く、江戸時代中期にまで遡るという。もちろん、その歴史も豊かな漁場である穏やかな伊根湾があってこそ。今も昔も舟屋の暮らしの中心は伊根湾だ。

 

▲今は漁業だけでなく、ギャラリーや宿として営業する舟屋も多い。「舟屋の宿ながはま」も、そんな1軒。海の静かさ、海の近さにあらためて驚く。地元のお母さんが作る魚介たっぷりの家庭的な料理も人気。

 

舟屋の宿ながはま
電話:0772-32-0277(伊根町観光協会)
住所:京都府与謝郡伊根町亀島819-1
URL:http://ine-kankou-jp.check-xserver.jp/wp/inns

 
変わらないように見える伊根の舟屋や暮らしを自分の肌で感じてみたい──そんな想いから今回、町の散策を“伊根浦散策案内人”の一人・上林紀子(うえばやし のりこ)さんにご一緒いただいた。

 

▲伊根浦散策案内人の上林紀子さん。観光協会主催の散策ツアーでは普段入れない古い舟屋も見学できる。

 
「心配になるくらい海にせり出している(笑)、あの舟屋が一番古いの」「船着き場があること、1階に漁師さんの作業場があることが“舟屋”の条件」。伊根に生まれ、伊根に嫁ぎ、舟屋で暮らす生粋の地元っ子、上林さん。丁寧なレクチャーを受けながら、海沿いの道を共に歩く。

 
時折混じる、上林さんの子ども時代の思い出話──伊根湾を写生するときは“島の緑、海の碧、空の青”だけで表せたこと、親の手伝いで船に乗ると網の上げ下げに苦労したことなどなど──に、今よりさらにのどかな伊根の光景も思い浮かぶ。古い親戚を訪ねたような楽しさに、おしゃべりも弾む。散策中には「おばちゃん、久しぶり!」「うご(エゴノリ)がたくさんあるから、あとで取りに来て!」と声がかかることもたびたび。観光客も自然体で過ごせるような、優しい空気が町に流れている。

 
「昔から伊根には“同等一栄(どうとうひとつえ)”という言葉があるんですよ」と上林さんは言う。

 
一部ではなくみんなで栄えよう、という意味とされるが「つまり、みんなで仲よく生活しようということですよね。みんなのものである海が町の中心にあるからこそ生まれた言葉でしょう。伊根を表す、大好きな一言です」。

 

伊根の力強い滋味をいただく

「そうそう、伊根には魚屋さんがないってご存じでした?」と上林さん。

 
えっ? こんなに身近に魚がいるのに? みなさん、ご自分で獲るわけではないですよね。

 
「(笑)。町の人は朝7時に伊根浦の港に魚を買いに行くの。バケツとお財布だけ持ってね」

 
なるほど、港で獲れたての魚を直接入手できるなら、魚屋さんの出る幕はない。舟宿や民宿も一般家庭も魚の入手方法は港のみ。これも同等一栄の心持ちだ。

 

▲海に向かう棚田も伊根を代表する景色の一つ。

 
魚介だけではない。最高ランクの特Aを何度も受賞している丹後コシヒカリ米をはじめ、水菜や伏見唐辛子といった京野菜やトマト、じゃがいもなどのデイリーな野菜、平飼いの鶏と卵など、伊根の各地ではさまざまな食材が丹念に作られている。その力強い持ち味は、伊根の山側・筒川(つつかわ)にある古民家カフェ「イネノソラGOHAN」などで味わうことができる。最近はE-バイク(電動スポーツ自転車)でツーリングをしながら、カフェで使われている野菜の畑をいくつか巡り、最後にイネノソラGOHANのランチを楽しむアクティビティーも始まった。アウトドアと美味を存分に堪能できると人気も上々という。

 

▲左/人気の「ワンプレートランチ」(1,200円/税込)は地元の野菜がたっぷり。 右/大阪から移住してイネノソラGOHANを開店した後藤 亨さん・綾子さんご夫妻。「地元の方の温かさに後押しされました」。

 

イネノソラGOHAN
電話:0772-47-9787
住所:京都府与謝郡伊根町字菅野580
営業時間:ランチタイムのみ営業
休日:月・火
URL:www.facebook.com/pg/inenosora.gohan/
水・木・日は中華そば、金・土はワンプレートランチ。

 
そして伊根の名物美味といえば、忘れてはならないのが老舗・向井酒造の骨太な日本酒。古代米を使った赤い酒「伊根満開(いねまんかい)」や「京の春」で知られるが、通なオススメは「伊根満開」の酒粕だ。

 
「古代米の酒粕は、白米のものよりミネラルやビタミンも豊富だし、ポリフェノールや食物繊維もたっぷり。和え衣や魚の漬け地から、アイスクリームのお供となんでもござれ。我が家のおもてなしでも大活躍」(向井酒造杜氏・向井久仁子さん)。

 
舟屋群の趣ある風景と、さまざまな魚介の美味を思い出に、帰途に就く。お土産は香り立つ酒粕と日本酒。家に帰ったら、まずは向井流の白身の酒粕漬けにチャレンジだ。

 

▲左/伊根湾に面した向井酒造には、ゲストスペースとしての筏(いかだ)も浮かぶ。右から向井久仁子さん、弟の向井崇仁社長と伊根町観光協会の増田一樹さん。打ち合わせも兼ねた寛ぎタイム。右/写真手前から時計回りに、赤米の熟成酒粕、赤米の酒粕、そして赤米の酒粕調味料(近日発売予定)。いずれも使い勝手のよさが魅力。

 

向井酒造
電話:0772-32-0003
住所:京都府与謝郡伊根町平田67
休日:水・木、昼休みあり
URL:www.facebook.com/mukaisyuzou/

 

伊根町観光協会
電話:0772-32-0277
住所:京都府与謝郡伊根町平田491
休日:年末年始
URL:www.ine-kankou.jp
※舟屋ガイドの予約は5日前までに電話、またはWebサイトにて。

 
角田進
つのだ すすむ/フォトグラファー。日本大学藝術学部写真学科卒業。上質な暮らし、心地よい時間をキーワードに、料理、インテリアからファッションまで、幅広い分野で活躍中。

 

伊根町へのアクセス


日本各地から大阪(伊丹)空港へ、大阪(伊丹)からコウノトリ但馬空港へ、JALグループ便またはコードシェア便が毎日運航。伊丹空港から宮津市までは車、または高速バスで約2時間。但馬空港から天橋立へは車で約1時間30分。宮津市から伊根町までは、天橋立駅から路線バスで約1時間。

 

(SKYWARD2020年9月号掲載)
※記載の情報は2020年9月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
※最新の運航状況はJAL Webサイトをご確認ください。

 

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