旅ごはん

街の愛されケーキ屋さん、山口市の「宝来屋」物語

文/佐々木ケイ 撮影/宮濱祐美子

たった一軒の小さな店が、旅の目的地になることがある。地域で愛され、長い歴史を重ねてきた店は、土地の人々の“暮らし”を映し出す鏡のような役目を果たすからだ。「宝来屋」は、山口市の中心地、市役所や山口県立美術館などの文化施設が並ぶエリアで76年の歴史を刻む洋菓子店。店に流れる時間から、街の素顔が見えてくる。

 
宝来屋外観

▲左/お知らせの掲示板がチャーミング。右/多い日は1日に100人以上が来店することも。

 
午前10時半を過ぎると、シャッターが閉まった店の前にぽつぽつと人が並び始める。週末や祝日ともなれば、「ぽつぽつ」は「ずらり」に。入口の脇には「“ほぼ”11時に開店いたします」という掲示板。「ほぼ」の二文字に「開店ギリギリまで、一生懸命準備をしています」との気持ちが込められているようで愛おしい。列に並ぶ人々の表情も「どうか気にせず」といわんばかり。何十年来と繰り返されてきた、この街の朝の“当たり前”なのだ。

 
スタッフ

▲スタッフのユニフォームは割烹着に三角巾。毛筆で書かれた品書き、商品解説とも馴染む。

 
開店と同時に店に入ると、ピカピカに磨き上げられたショーケースの隅から隅まで、ずらりと並ぶケーキに目を奪われる。特大のイチゴを頂いたフレジェに艶やかなザッハトルテ、カラフルなフルーツロール……。クラシックだが古臭さはナシ。アルミ箔に包まれた端正な佇まいは、丁寧にアイロンがけされたシャツとプリーツスカートが似合う、はつらつとした良家の子女のようだ。こんな素敵なケーキ屋さんが山口にあるなんて! 見入ってばかりでいつまでも買い物を始められない旅人をよそに、常連客が慣れた様子で「いつもの」を買っていく。ある男性はシュークリームを2つ、年配の女性は鹿の子を3つ。え、鹿の子?

 
スウィーツ

▲左/シュークリーム248円(税込)。少量のカスタードクリームをブレンドした生クリームがたっぷり。右/レモンタルトやモンブランもロングセラー。

 
ショーケースの右端に目を転じると、栗まんじゅうにモナカ、はちみつカステラや練り羊羹といった和菓子が並んでいることに気づく。「宝来屋」は、1946年に和菓子店として創業し、二代目で現在の代表の松岡茂良さんが店を継いだ50年前に洋菓子店に転じた。品数は限られているものの、和菓子の定番を残したラインナップと、それを指名買いする常連客の姿が、店の歴史を今に伝えている。一方で、松岡さんが店を継いだ当時、世の中に少しずつ出回るようになった生クリームをいち早く取り入れてつくった商品が、今も一番の人気を誇るシュークリーム。洋菓子といえばバタークリームだった時代に、フレッシュな生クリームを使ったシュークリームは、どれだけ目新しく、贅沢なものだったことか。

 
バニラリキュール

▲48年間、うなぎのタレのように継ぎ足しでつくる自家製バニラリキュールは、自家製カスタードクリームの大事なエッセンス。

 
「この味で育ったお子さんが成人して街を出て、盆や正月に帰省したときに“宝来屋のシュークリームが食べたい”と足を運んでくださる。“続ける”ことの値打ちを知る瞬間です。変わらない味をつくり続けてこられたのは、一店舗主義、家族経営を貫いてきたから。数字や言葉だけでは表せない、底に流れるものが味に出る」

 
優しい笑顔でそう話す松岡さん。東京の製菓専門学校で学び、家業を継いだ半世紀前は、洋菓子は大手チェーンのものしかなかったという。
「始めたばかりの頃は、お客さんが1日1人なんてことも。でも諦めず、コツコツとまっとうな仕事を続け、いつしか“街の味”などと言っていただけるようになった。ありがたいことです」

 
店内

▲左/郁恵さん。笑顔がチャーミング! 右/左奥はレモンケーキ。「レモンの香りいっぱいの自信作です」と、郁恵さんのコメント。

 
3時のおやつにシュークリームを食べ、給料日には家族にケーキを買って帰り、お祝いには名入りのホールケーキをオーダーし、手土産に焼き菓子を買って……と、「洋菓子がある暮らし」を、長い時間をかけて街の人たちとともにつくってきた。女将として店を守ってきた松岡さんの妻・郁恵さんの功績も大きい。ピカピカのショーケースとともに店の表情をつくる手書きのポップは、書道は師範クラスという郁恵さんの手によるもの。

 
「やだやだ。私は店にいらしたお客さまと楽しくおしゃべりするだけ」と話しながら「くくっ」と少女のように笑う郁恵さんは、店の大事なクリエイティブディレクター。

 
松岡さんと郁恵さん

▲あまり多くを語らない職人気質の松岡さんと、チャーミングな広報担当、郁恵さん。家族の歴史が染み込んだ看板の前で。

 
「わしがつくった菓子を見て、ピタりとくるキャッチコピーを決めてくれる。菓子づくりは3割、あとの7割はかみさんでもっているような店ですわ」と、松岡さん。文字通りの二人三脚で、山口が誇る洋菓子店を育ててきた。今では2人の息子も製造に加わり、松岡さんの味を引き継ぎながら、これまでになかった菓子パンなどもつくり、店のファンをますます増やしている。

 
立派な一枚板の看板は、松岡さんの父が和菓子店を創業した1946年、大工をしていた祖父が開店のお祝いにつくってくれたもの。36年前に店舗を建て替えてからは、店内の壁に掛けている。

 
「みっともない仕事をして、この看板を下ろすわけにはいかない」「大事な心の支えになってますね」と、夫妻で顔を見合わせる。街の日常に洋菓子がある景色をつくってきた店。時代を超えて長く愛されるものの優しさや、揺るぎない味の説得力は、旅人に土地の豊かさを伝えながら、小さな幸せをお裾分けしてくれるのだ。

 

宝来屋
電話:083-922-0391
住所:山口県山口市中河原3-3
営業時間:11:00~19:00(日曜は17:00まで)
休日:なし

 
 

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