ポルトガル南部のアレンテージョといえばワインで有名な地域ですが、この地域には興味深い古代ローマ時代の遺跡が点在しています。中でも有名なのはエヴォラという都市で、16世紀には日本から遥々やってきた天正遣欧使節の少年たちもここを訪れています。彼らはその後、アレンテージョの小都市を経由してスペインへと移動しますが、実はその道々にも、当時はまだ発掘されていなかった素晴らしい古代ローマ時代の遺跡をいくつか見ることができます。
私たち家族がリスボンに暮らしていた頃、時間ができると、よくこうした知られざる遺跡を訪れていました。中でも気に入っていたのが、ベージャという街のそばにあるサン・ククファテの遺跡です。ここには、かつてこの地域の大地主のものだった大きな屋敷の跡が残っていて、中には立派な浴場や神殿、そしてワインの醸造所と貯蔵庫の跡なども見つかっています。この地域は、当時から既にワイン生産の重要な拠点だったのでしょう。
我々がこの遺跡を訪れたくなる理由は、実は他にもありました。それはここに暮らすマリアと呼ばれる1匹の猫に会うことです。普段は人影もまばらな場所ですが、訪れる客がいるとどこからともなく現れるマリアは、我々の前を歩いて遺跡までの道のりを引率してくれます。こちらが立ち止まれば一緒に立ち止まり、屋敷に到着すると「私の家にようこそ」と言わんばかりに見晴らしのいい場所へ移動して、そこで毛繕いをしたり、日向ぼっこをしたりして私たちの見学が終わるのを待っていてくれるのです。
「よくできたガイドですね」とチケット売り場のおばさんに声をかけると、「マリアはこのお屋敷の当主ですからね」とにっこり。ククファテの大邸宅に悠々と暮らすマリアの、アレンテージョの暖かい日を浴びる幸せそうな姿もまた、この遺跡の見所なのでした。
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。
(SKYWARD2025年11月号掲載)
※記載の情報は2025年11月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
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