とっておきの話

バルデナス・レアレスの砂漠【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

初めてヴェネツィア近郊にある夫の家からポルトガルのリスボンへ車で移動したときのルートは、イタリア国境を抜けてフランスに入り、南西部から国境を越えてスペインのナバラ州経由でリスボンを目指すというものでした。移動距離は端から端までで2400kmありますが、大陸人であるヨーロッパの人たちにとっては、これくらいの陸移動は何てこともありません。何より陸続きの旅では寄り道もたくさんできますし、ヨーロッパという広大な地域の知られざる側面と接するいい機会にもなります。

 
途中、夫がどうしても立ち寄ってみたい場所があると言うので、フランス国境を越えて、ナバラ州の州都パンプローナから南を目指しました。何があるのと聞いても「見るまでお楽しみ」と教えてくれません。

 
窓の向こうの景色は徐々に土色に変化し、人影もパーキングエリアもなく、わずかな植生がある荒野のような道を延々とひた走ると、目の前にはまさにアメリカのグランドキャニオンか、かつて暮らしていた中東の砂漠地帯を彷彿とさせる光景が広がってきました。長い歳月をかけて侵食された赤茶色の岩の様子は、地球ではない惑星のもののようにも見えてきます。スペインという国土の驚くべき多様性を思い知らされるのが、このバルデナス・レアレスという地域なのです。

 
バルデナス・レアレスはその特徴的な景観から数々の映画などの撮影に使われてきましたが、イタリアが誇るマカロニ・ウェスタンの撮影もここで行われていたそうです。わざわざアメリカまで足を延ばさなくても本格的な西部劇が撮れてしまうというのも驚きですが、確かにここで撮影した写真を誰かに見せても、まさかスペインだとは言い当てられないでしょう。

 
結局リスボンへは予定の1日遅れで到着しましたが、時間には変えられない満足感を得られた楽しい移動となりました。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。

 

(SKYWARD2025年5月号掲載)
※記載の情報は2025年5月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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