フィレンツェでの画学生時代、ブラジルに暮らす友人の美術史家から、少し変わった天使の木彫刻が印刷された絵葉書が送られてきたことがありました。裏面に「“ブラジルのミケランジェロ”と呼ばれたアレイジャジーニョの作品です。いつか見に来てください」という書き込みがありました。調べたところ、アレイジャジーニョは18世紀に南米バロックを築いた芸術家だということがわかりましたが、彼の出身地であり、作品が見られるオウロ・プレットはイタリアからもなかなか遠く、友人との約束を果たせたのはそれから20年後のことでした。
アレイジャジーニョが活躍した18世紀のブラジルでは全世界の6割にも及ぶ金が産出されており、ゴールドラッシュによって栄えた代表的な街が、黒い黄金を意味するオウロ・プレットです。その繁栄がどれほどのものだったのかは、街中を散策すれば一目瞭然ですし、これほどの山奥でアレイジャジーニョという表現者が求められたのも、次々に採掘される黄金があったからなのでした。
ポルトガル人の建築家とアフリカ系奴隷の女性との間に生まれたアレイジャジーニョは、病気の影響による不自由な体でありながら、木という素材を用いてヨーロッパの古典にとらわれない自由な発想と表現の彫刻や、教会などの建築物を生み出していきます。生きていく辛さや厳しさ、不条理、そして神秘性。理想化も美化も抑制された実直な人間らしさが放出している彼の彫刻は、鉱山で命を削りながら働く労働者たちの心にも、きっと深く刺さるものがあったに違いありません。
オウロ・プレットとアレイジャジーニョの作品が見られる歴史地区は、1980年にブラジルにおける初の世界遺産として登録されました。日本からも少し遠くはありますが、人に生きる力を与える文化の意味が体感できる素晴らしい街であることは間違いありません。
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。
(SKYWARD2025年9月号掲載)
※記載の情報は2025年9月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
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