とっておきの話

飛行中に見える景色【キャプテンの航空教室】

文/赤星 真樹 イラスト/高橋 潤

本日のご搭乗、誠にありがとうございます。今回は飛行中に見える景色のなかで、私が好きな景色についてお話しします。

 
空から楽しめる景色には、神秘的なオーロラ、青い海に点在する美しい珊瑚礁、満天の星と流星群、息を呑むような美しい夕暮れや日の出、夜間にオレンジ色の光を放つ活火山の火口、珍しいものではロケットが白い一筋の線を引きながら宇宙空間へ向かっていく様子など、枚挙にいとまがありません。

 
そのなかで私が好きな景色の一つが、アラスカのアンカレッジ付近からシカゴ、ニューヨーク、ボストンへ向かう航路上の光景です。アンカレッジからしばらくの間は、カナダの最高峰のローガン山(標高5,959m)を筆頭に、見渡す限り雪が積もった急峻な山々で埋め尽くされた絶景が広がります。視界の範囲に人間の営みを感じさせるものが一切見当たらない壮大な眺めは、日本上空では決して見ることができないものです。

 
細部をよく見てみると、頂上より少し下がった所から氷河が形成されているのがわかります。ふもとの方に下っていくにしたがって別の谷でできた氷河と合流し、さらに大きな氷河に成長していきます。あるものは海へと流れてそこで途絶え、あるものは内陸に向かって流れ、最後にその先端が溶けて小さな湖や削り取った岩石でできた丘を作って消えていきます。その辺りから山は次第になだらかになり、雪も消えて見渡す限り池や沼などが点在する平野に変わっていきます。

 
数万年前の氷期(いわゆる氷河期)には、カナダとアメリカの北半分が、厚さ2,500mにも及ぶ氷床に覆われていたといわれています。眼下に広がる無数の池や湖はその氷床が溶けた名残なのだと思うと、何とスケールの大きい話なのだろうと感動します。

 
さらに先に進むと、ようやく小さな村や畑など人間の生活を感じるものが見られるようになり、最後に摩天楼がそびえる大都会の景色(時に夜景)を見ながらの着陸となるのです。たった数時間のうちに、数万年前の雪や氷に覆われた氷期の世界から現在までを旅するタイムマシンに乗ったかのような気分を味わえる、この路線ならではの景色です。

 
今、皆さんの眼下にはどんな景色が広がっているでしょうか?同じ景色を見ても、その時に自分が置かれた状況や旅の目的などによって受ける印象は全く異なると思います。勇気づけられるような景色、つらい状況や悲しみに寄り添ってくれるような景色、夢や希望を膨らませてくれるような景色……。窓側の座席の方はもちろん、通路側にお座りの方も、化粧室に行かれるときなど席を立った際に非常口の窓から外の景色をご覧になってみてはいかがでしょうか。航路、季節、天候、時間帯、さまざまな要素が揃ったときにのみ見ることができる、あなただけの絶景が待っているかもしれません。素敵な景色と出会えることを祈っております。

 

赤星 真樹 Akahoshi Maki
JAL
ボーイング787
出身地:神奈川県
趣味:スノーボード

 

(SKYWARD2022年3月号掲載)
※記載の情報は2022年3月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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