家族で毎年夏休みのひと月を日本で過ごすようになってから、必ず出かけるようになった場所のひとつが、瀬戸内海に浮かぶ島々を7つの橋でつないだ全長約70kmのしまなみ海道です。夫の本の翻訳を手がけてくれた広島に暮らす友人を訪ねる際に、福山で新幹線を途中下車し、レンタカーを借りてまずは鞆の浦にある温泉旅館に一泊。その翌日、尾道から絶景を見渡せる橋を渡りつつ愛媛の今治まで行って引き返す、というのがお決まりのルートになっています。
瀬戸内は日本の地中海とも称されていますが、確かにしまなみ海道の両側に広がる景色はクロアチアの島々や、ギリシャの島々を彷彿させるものがあります。ただ、夫に言わせれば、植生の彩りが豊かな瀬戸内の島々は地中海の島よりずっと繊細で、手作りのような美しさ、とのこと。もはやしまなみ海道のそうしたありがたい景色を拝むことは、我々にとって初詣のような儀式になっています。
橋が渡されている島々には各々の見所がありますが、例えば大三島にある大山祇神社には、境内に樹齢2600年の大楠が鎮座しています。息を止めて幹の周りを3度回れば願いが叶うとされており、数年前に家族で試してみたところ、公務員試験を控えていた夫のみが窒息しそうな形相で3周を果たし、試験に無事合格。それ以来この神社には必ず立ち寄って参拝するようになりました。
そしてこのしまなみ海道には、日本で初めて海峡を渡れるサイクリングロードも併設されており、サイクリストたちの憧れの場所にもなっています。以前、伯方島で出会った家族連れは、いくつかの島に宿泊しながらゆっくり海道を縦断している最中でした。影響されやすい夫は「今度はこっちも自転車で渡ろう!」と意気込んでいましたが、私としては、まず大山祇神社の“楠の周りを呼吸を止めて3周”から達成したいところです。
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。
(SKYWARD2025年4月号掲載)
※記載の情報は2025年4月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
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