以前ボストンに滞在していた頃、イタリア留学時代に仲よくしていた友人がニューヨークにいることを知り、アムトラックという列車に乗って日帰りで会いに行ったことがありました。飛行機での移動も考えましたが、距離も、東京から名古屋へ行くようなものだと思えば大したことではありません。それに、シルバーのボディにブルーとレッドのストライプが入ったこのアメリカらしい列車には、いつか乗ってみたいと思っていたので、迷わずチケットを予約。
朝8時前にボストンを出発した列車は、その後マサチューセッツからロードアイランド、コネチカットと3つの州を経て、お昼前にはニューヨークのペンシルベニア駅に到着し、友人と無事に再会を果たすことができました。
私にとっては初めてのニューヨークでしたが、天候はあいにく強めの雨。残念ながら想像していたような、摩天楼を眺めつつ街散策を満喫できる状態ではありませんでしたが、だったらいっそ屋内で過ごそうということで、ニューヨーク近代美術館(通称MoMA)へ足を運びました。
友人も私と同じフィレンツェの美術学校の卒業生なので、美術館で1日過ごすという選択は正解でした。ゴッホにゴーギャン、ピカソにルソーといった画家たちが描いた有名な作品や、ポロックやマレーヴィチなどの作品を前に、ああだこうだと語り合っているうちに、あっという間に閉館時間になってしまいました。
「列車の時間まで、雨でも少しは外を歩こうか」と、美術館から外へ出てみると、そこには夕暮れのブルーブラックに包まれた都市の濡れたアスファルトに、車のライトとネオンの美しい色が眩く反射して、まるで美しい絵画のような光景が広がっていました。「雨のニューヨークもいいね」と友人とズボンの裾を濡らしながら短い散策を堪能した後、私は再びボストンへ戻ったのでした。
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1巻が好評発売中。
『ヤマザキマリの世界逍遥録』単行本、好評発売中!
JALグループ機内誌『SKYWARD』に大好評連載中の「ヤマザキマリの世界逍遥録」より、2018年5月号~2020年10月号に掲載された30編を収録。ヨーロッパ、中東、アジア、アメリカ、南米……世界を旅するヤマザキさんならではの、独自の視点で捉えた各地の魅力をイラストとともに綴っています。さらに特別編として、JALカード会員誌『AGORA』2019年7月号、8・9月号に掲載の、タイ・チェンマイ~チェンセーン~チェンライ周辺を巡った「タイ北部紀行」前後編も併せて収録。
定価:1,430円(税込)
発行日:2021年3月31日
サイズ:四六判(天地:188mm/左右:128mm)
総ページ数:176ページ
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