半島彩発見

【北松浦半島】「アジフライの聖地」と「西の都・フィランド」を巡る旅

文/吉原 徹 撮影/宮濱祐美子

九州の北西部に位置し、長崎県の北部から佐賀県の西部に広がる北松浦半島。入り組んだ海岸線が続く半島から平戸大橋を渡って平戸島に上陸すると、そこには古くから海外交易の拠点として栄えた平戸特有の文化や風景が待っている。

 
「アジフライの聖地」と呼ばれる松浦市から、かつて「西の都・フィランド」と呼ばれ南蛮貿易の拠点として栄えた平戸市へ。美しい風景や食文化に彩られた、半島の旅に出かけよう。

 

ふわっとジューシーな松浦アジフライ

▲絶品アジフライを求めて、全国から多くの人が訪れる松浦市。「大漁レストラン旬 (とき)」のこの日のアジフライは3枚付け。アジの大きさにあわせて2枚の日もあるという。

 
北松浦半島の北部に位置する松浦市は、「アジフライの聖地」と呼ばれる場所だ。同市の松浦魚市場は、過去に何度もアジの漁獲量日本一を記録した漁港。市内にはアジフライを提供する店が30軒以上もあるという。

 

▲左/アジの漁獲高日本一を誇る長崎県。松浦魚市場では、年間数万tのアジが水揚げされる。右/「アジフライの聖地 長崎松浦」ののぼりなどが「大漁レストラン旬」含め市内の至る所に。

 
「松浦市が『アジフライの聖地』を宣言したのは、2019年のこと。その際に、『松浦アジフライ憲章』も定められました」と教えてくれたのは、松浦魚市場内にある「大漁レストラン旬」の小松弘昇さん。

 
「松浦市で水揚げされたアジまたは松浦市周辺海域で漁獲されたアジを使うこと」、「ノンフローズンまたはワンフローズン(冷凍は一度きり)で提供すること」、「松浦アジフライをこよなく愛していること」などが憲章のルールになっているという。

 

▲上/目の前の港で水揚げされたばかりのアジが毎朝店に届けられ、すぐに厨房へ。下/アジフライだけでなく刺身も鮮度抜群。4~8月はブランドアジ「旬(とき)あじ」も楽しめる。

▲左/目の前の港で水揚げされたばかりのアジが毎朝店に届けられ、すぐに厨房へ。右/アジフライだけでなく刺身も鮮度抜群。4~8月はブランドアジ「旬(とき)あじ」も楽しめる。

 
「新鮮なアジのおいしさを楽しんでいただきたいので、基本的には作りおきも冷凍もしていません。目の前の港で水揚げされたアジを仕入れて、一枚一枚丁寧に下ごしらえをしてから揚げています」という同店の松浦アジフライ。サクサクの衣を頰張ると、ふわふわ食感のアジの旨味がじゅわっと口中に広がっていく。まずは、そのまま。続いて、ソースやタルタルで変化を付けて味わうと、なんとも幸せな気分になる。

 
「松浦市には、うちのような魚市場の店だけでなく、アジフライを味わえるお洒落なビストロから離島の食堂まで、個性的なお店がたくさんあります。『松浦アジフライマップ』なども配布されているので、ぜひアジフライ巡りを楽しんでください」と小松さん。その言葉を聞きながら、ここが「アジフライの聖地」なのだとあらためて実感する。

 

大漁レストラン旬
住所:長崎県松浦市調川町下免695 松浦魚市場内
電話:0956-59-6544
URL:https://matsuura-guide.com/大漁レストラン旬/

 

海辺の商館で、平戸の歴史に触れる

▲「平戸オランダ商館」1Fフロアの常設展示では、大航海時代の帆船の模型や地図を展示。平戸の交易港としての歴史がわかりやすく紹介されている。

 
松浦魚市場から国道204号を西へ。美しい海岸線を眺めながら車を走らせると、やがて赤い大きな橋が見えてくる。この橋を渡れば、平戸島。古くから松浦氏の城下町として栄え、1550年のポルトガル船入港以来、南蛮貿易で賑わった場所だ。

 

▲1922年に「平戸和蘭(オランダ)商館跡」として国の史跡に指定された場所に復元された商館は、「日本最初の洋風建築」ともいわれる。

 
平戸で最初に訪れたのは「平戸オランダ商館」。青い海に面して立つ白亜の洋館は、1639年にオランダ東インド会社が築造した商館の倉庫を復元したもの。洋風建築でありながら、瓦屋根を使用するなど、和洋折衷の建築様式が特徴だ。

 

▲上/学芸員の出口洋平さん。下/南蛮甲冑や、地球儀、天球儀など貴重な資料も多い。

▲左/学芸員の出口洋平さん。右/南蛮甲冑や、地球儀、天球儀など貴重な資料も多い。

 
「平戸オランダ商館は、オランダ東インド会社が1609年に設置した貿易拠点です。しかし、1641年に幕府の命令により商館は長崎に移転。当時の禁教令の下で建物の破壊が命じられ、わずか33年で商館の歴史に幕を下ろしました」と話すのは、同館学芸員の出口洋平さん。

 
2011年に復元された館内では、「西の都フィランド(Firando)」と呼ばれていた頃の平戸の古地図や、1630年代にオランダで制作されたと考えられる南蛮甲冑(かっちゅう)、大航海時代の地球儀や天球儀などが並ぶ。一つ一つの展示を見ていると、長崎・出島以前に海外との交流の玄関口として栄えた平戸の歴史を知ることができる。

 

▲上/巨大な柱にはカナダから輸入した樹齢700年以上の松の木が使われている。下/イギリス人やオランダ人、ポルトガル人などの姿が描かれた「外国人之図」。

▲左/巨大な柱にはカナダから輸入した樹齢700年以上の松の木が使われている。右/イギリス人やオランダ人、ポルトガル人などの姿が描かれた「外国人之図」。

 
館内で展示される資料はもちろん、現存する資料や専門家の知見を基に1639年築造の倉庫を忠実に再現した建造物も魅力的だ。

 
「約50cm四方の柱によって支えられる空間は、オランダ本国に残る同種の倉庫でもよく見られる構造。緻密な木材の組み込みや瓦葺きの屋根には、日本の建築技術が生かされています」と出口さん。

 
同館では常設展の他、さまざまなコンサートやイベント、多彩な企画展も開催。歴史ある港町・平戸に新たな風を吹き込む存在となっている。

 

平戸オランダ商館
住所:長崎県平戸市大久保町2477
電話:0950-26-0636
URL:https://hirado-shoukan.jp

 

名城の櫓(やぐら)で絶品ランチ

▲平戸産の魚や野菜を使った創作フレンチを、お城で味わうぜいたくな体験を。

 
日本100名城®のひとつにも数えられる平戸城は、2021年の「平戸城CASTLE STAY懐柔櫓(かいじゅうやぐら)」オープン以来、日本初の本格的な“城泊施設”としても注目される場所。その魅力をより手軽に楽しめるのが、2024年5月にグランドオープンした「INUI」だ。

 

▲左/1599年に平戸藩松浦(まつら)氏の居城として築城され、その後、消失や再建、廃城などを経た平戸城。現在の建物は、1962年に平戸市によって復元されたものだ。右/乾櫓を改装し、レストランとして活用している。

 
「『INUI』は、かつて平戸城のお殿様が暮らしたといわれる『乾櫓(いぬいやぐら)』を改装したレストラン。落ち着いた雰囲気の中、創作料理をお楽しみいただけます」とは、総支配人の山野義信さん。

 

▲上/「平戸産 伊佐木のナージュ仕立て 白桃のヴェルモットソース」。料理は、その日の食材によって変わる。下/櫓に一歩足を踏み入れると、モダンな内装のダイニングが広がる。そのギャップも面白い。カフェとしても営業する(要問い合わせ)。

▲左/「平戸産 伊佐木のナージュ仕立て 白桃のヴェルモットソース」。料理は、その日の食材によって変わる。右/櫓に一歩足を踏み入れると、モダンな内装のダイニングが広がる。そのギャップも面白い。カフェとしても営業する(要問い合わせ)。

 
ランチコースは、土・日曜限定の完全予約制(要問い合わせ)。料理のコンセプトは「現代の城主が嗜んだであろう“Firando Cuisine”」だ。
 
「海と山に囲まれた平戸は、食材の宝庫。新鮮な魚介類はもちろん、平戸牛や野菜、ハーブ、エディブルフラワーなど、さまざまな旬の素材を通じて、多くの方に平戸の魅力をお伝えしたいですね」と山野さん。

 

▲天守閣からの眺め。平戸城周辺は亀岡公園として整備されている。

 
ランチを楽しんだ後は、古い石垣が残る城内を散策したり、ミュージアム施設「平戸城 歴史体験アミュージアム」を見学したり、天守閣の最上階から景色を眺めたり……。お殿様になった気分で、のんびり旅の時間を楽しみたい。

 

平戸城 CASTLE STAY INUI
住所:長崎県平戸市岩の上町1458-1
電話:0950-22-2201
URL:https://hirado-castle.jp

 

潜伏キリシタンの歴史が残る、世界遺産の棚田

▲平戸城から車で25分ほどの場所に位置する「春日集落」。

 
平戸島の西岸に位置する「春日集落」は、人口50人ほどの小さな集落。険しい山々の間に美しい棚田が広がるこの地域は、ユネスコ世界文化遺産の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつに登録されている。

 
古くから平戸島最高峰の安満岳(やすまんだけ)を中心とする山岳信仰が根づいていた春日集落では、16世紀にこの地を治める松浦家家臣の籠手田(こてだ)氏と一部(いちぶ)氏がキリスト教に入信したことをきっかけに住民の一斉改宗が行われた。キリスト教が禁教になった後も集落ではひそかに信仰が受け継がれ、かくれキリシタン集落となったという。

 

▲日本における初期のキリスト教布教の拠点となった「春日集落」。急な斜面に連なる棚田では、現在でも耕作が行われている。

 
「春日集落」を訪れると、まず目を奪われるのが、安満岳の裾野に連なる無数の棚田だ。450年以上前から集落に受け継がれているという棚田の一角には、キリシタン時代に聖地として十字架が建てられていたと考えられる「丸尾山」なども残されており、かくれキリシタンの里に息づく美しい風景を今に伝えている。

 
「春日集落」にある「春日集落(世界遺産)案内所『かたりな』」では、春日集落の歴史に関する展示を見学したり、常駐する住民の方のお話を聞くことができるので訪れてみよう。

 

▲棚田越しに海を望む。かつて「春日集落」の住民は、聖地・中江ノ島に祈ったという。

 

春日集落(世界遺産)案内所「かたりな」
住所:長崎県平戸市春日町166-1
電話:0950-22-7020
URL:https://katarina.hira-shin.jp

 

100年愛される食堂の平戸ちゃんぽん

▲めしどころ一楽の「平戸ちゃんぽん」。

 
平戸には、古くから愛される郷土の味がある。それが「めしどころ一楽(いちらく)」の、平戸ちゃんぽん。平戸城と城下町をつなぐ幸(さいわい)橋(オランダ橋)の目の前に位置する同店は、平戸で長く愛される老舗だ。

 
「正確な記録は残っていないものの、母の話では大正9(1920)年には店を営業していたそうです。もう100年以上も前のことですね」と出迎えてくれたのは、若女将の木村佳世子さん。

 

▲上/城下町の中心部に位置。地元の人から観光客まで多くの人に愛される人気店。下/店の前には平戸のシンボル、幸橋(オランダ橋)が架かる。

▲左/城下町の中心部に位置。地元の人から観光客まで多くの人に愛される人気店。右/店の前には平戸のシンボル、幸橋(オランダ橋)が架かる。

 
看板メニューは、「平戸ちゃんぽん」。豚骨と鶏ガラ、野菜の味をぎゅっと凝縮したコクのあるスープは、1961年から継ぎ足し継ぎ足しで使われる伝統の味。具材には、地元で採れた野菜や、地元産のかまぼこや天ぷらなどをふんだんに使用する。

 
「もともとは平戸の製麺所で作るちゃんぽん麺を使っていましたが、後継者不足で廃業してしまったため、今はその製法を再現してもらっています。よく『長崎ちゃんぽんとの違いは?』と聞かれるのですが、それほど大きな違いはないんです。あえて言うなら、地元の素材を使っていることや、スープを入れる前に肉だけでなく野菜をしっかり炒めることが特徴だと思います。私は、やっぱり平戸ちゃんぽんのほうが好きですね」と木村さんは微笑む。

 

▲上/木村佳世子さんをはじめ、家族で切り盛りするアットホームな雰囲気も魅力。下/地元で人気の「もつちゃんぽん」は、ピリ辛な一品。その他、10種以上の平戸ちゃんぽんが揃う。

▲左/木村佳世子さんをはじめ、家族で切り盛りするアットホームな雰囲気も魅力。右/地元で人気の「もつちゃんぽん」は、ピリ辛な一品。その他、10種以上の平戸ちゃんぽんが揃う。

 
初めて味わう平戸ちゃんぽんは、優しくて、奥行きのある味わい。ツルツルとした麺の喉越し、スープのコク、野菜の甘み、かまぼこや天ぷらの魚の旨味……。さまざまな味が混然一体となって調和し、ついつい箸が止まらなくなる。昔ながらの味わいで愛される、平戸ちゃんぽん。北松浦半島を巡るなら、一度は味わってほしい逸品だ。

 

めしどころ一楽
住所:長崎県平戸市木引田町477
電話:0950-22-2269
URL:https://itiraku.sakura.ne.jp

 

ポルトガル伝来のカスドースをお土産に

▲平戸銘菓として愛される「平戸蔦屋」の「カスドース」。

 
長崎の出島に先駆けて南蛮文化が渡来し、独自の文化と異国情緒が育まれてきた平戸。1502年に創業した「平戸蔦屋」は、江戸時代に平戸藩主・松浦家の御用菓子司を務めた老舗だ。

 

▲三浦按針(あんじん/ウィリアム・アダムス)が暮らした歴史的な建造物に本店を構える。店内では、カスドースの他に、「牛蒡餅(ごぼうもち)」などの平戸銘菓も販売。

 
同店の名物が、平戸銘菓「カスドース」。カステラ生地を卵黄にくぐらせ、糖蜜で揚げた「カスドース」は、16世紀にポルトガル人神父から製法が伝えられたとも、長い航海で乾燥したカステラを柔らかくするために考案されたともいわれる伝統のお菓子だ。

 
黄金色に輝くカスドースは、卵黄の豊かな風味としっとりとしたカステラの上品な甘さが印象的。同店にはイートインスペースもあり、お茶やコーヒーとともに味わえる。

 

▲左/24代当主の松尾俊行さん。右/店内には庭園を見渡すイートインスペースも。

 
「口伝で受け継がれてきたカステラのレシピをはじめ、代々変わらない製法で『カスドース』を手作りしています。沸騰した糖蜜で揚げるのは、卵黄にさっと火を入れることで日持ちをよくするため。先人が生み出したこのような知恵やカスドースの味わいを次世代に残していくことが、私の使命だと思います」とは、24代当主の松尾俊行さん。

 
平戸蔦屋のカスドースは、本店はもちろん長崎空港で購入することもできるので、ぜひ旅の思い出に持ち帰りたい。

 

平戸蔦屋 本店(按針の館)
住所:長崎県平戸市木引田町431
電話:0950-23-8000
URL:www.hirado-tsutaya.jp

 

▲九州本土と平戸島を結ぶ、長さ約665mの平戸大橋。

 

多様な文化が混ざり合う北松浦半島

長崎空港や佐賀空港、福岡空港などからアクセスできる北松浦半島には、さまざまな旅の魅力が詰まっている。入り組んだ海岸線を気の向くままに旅し、極上のアジフライに舌鼓を打ったり、風景を眺めたり、異国情緒漂う平戸の文化に触れたり……。美しい海と大地、そして人々の営みに触れる、旅の時間を楽しもう。

 
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。

 

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