とっておきの話

サン・ピエトロ広場での出来事【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

ローマ市内に位置する世界最小の独立国家、バチカン市国。その象徴であるサン・ピエトロ大聖堂と広場のスケールの大きさには、誰もが圧倒されることでしょう。私も初めてバチカンを訪れ、この建造物と空間を目の当たりにした時に感じたのは、古代ローマ時代に生まれて以来、今や世界に14億ともいわれる信者数を維持し続けるカトリックのパワーでした。

 
1980年代半ば、私はフィレンツェで厳しい留学生活を送っていましたが、熱心なカトリック信者の母が、どうしてもサン・ピエトロ広場での復活祭のミサに参加したいというので、日本からやってきた彼女とローマで合流し、復活祭当日にバチカンへ向かいました。

 
人混みが大嫌いな私には大いなるチャレンジでしたが、案の定、大勢の人々でごった返す広場に足を踏み入れて間もなく、我々親子は離れ離れになってしまいました。私は母を探し出そうと頑張りましたが、世界中から集まってきた人々の群れが、広場に姿を現した教皇に熱狂するその渦の中で、力尽きて倒れてしまいました。

 
担架に乗せられ、群衆の隙間を縫って、広場の隅にあった救急車に運ばれた私は、そこで2時間ほど点滴を打つなどの処置を施されました。ようやく回復して外へ出てみると、ミサは既に終了し、帰ろうとしている人々の中に、日本の修道女たちと一緒に歩く母の姿を発見。慌てて駆け寄って「どこにいたの!」と問いかけると、母はそのシスターたちの計らいで、教皇のすぐそばの椅子席でミサに参列できたとのこと。「もう感無量よ!」と無敵の笑みを浮かべる母に、私は自分の身に起こったことを言う気もうせてしまいました。

 
バチカンを訪れる度、あの怒濤の人混みと母の屈託ない笑顔を思い出しますが、今となればあの経験のおかげで、その後の苦難に満ちた留学生活も乗り越えられたのだと思っています。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。

 

(SKYWARD2025年12月号掲載)
※記載の情報は2025年12月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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