冬の眠りから醒めた田んぼに水が張られて田植えを待つ棚田たち。日々陽射しの力が増し、ほこほことした土の香りが島じゅう至る所を覆うようになると、いよいよ米作りの季節がやって来る。
田植え前の棚田は実に優秀、そして素晴らしい芸術家である。朝に夕べに太陽の光彩を水面に映し、そのアブストラクトのタブロー(抽象的な絵画)を静かにたたえる。季節が変わり初夏ともなれば、青々とした生命感溢れる稲田もまた素晴らしい。棚田は季節の移ろいを内包して、いろいろな自然の姿を映し出してくれる。
ところで「あづち」と読ませる島名に冠された「的山」とはいったい何のことなのだろうと調べてみると、それはこの島で行われていた流鏑馬神事に起因するものらしい。年頭に「阿っち」と呼ぶ盛り土をして矢を立て祈願したことから、的山を「あづち」と呼ぶようになったといわれる。由来を聞かないと絶対に読めない名前だ。
若葉もえ出る春から初夏にかけ、二つと同じかたちのない田んぼを愛でつつ、この島を散歩してみるのも悪くない。
DATA|都道府県:長崎県 人口:1,077人(*)
的山大島へのアクセス
東京(羽田)、大阪(伊丹)から長崎空港へ、JALグループ便が毎日運航*。平戸港より的山大島へフェリーで約40分。
加藤庸二
かとう ようじ/島フォトグラファー。国内の有人島で上陸可能な430余島のすべてを踏破した島のスペシャリスト。著書に『日本百名島の旅』『島の博物事典』など。
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