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まもる 伝える
神在月(かみありづき)の旧暦十月十日、出雲では、各地の神社で「神在祭」が行われる。昔は、神社の周りに屋台が出て、そばをゆでたそば湯をそのままかけた「釜揚げそば」を振舞ったのだとか。
出雲そばというと、三段重ねの漆器に入った城下町松江を発祥とする割子そばで知られるが、出雲では、釜揚げでいただくそばも、未だに健在。
「釜揚げそばと一緒に、割子を一枚だけお頼みになると、ちょっと身が引き締まりますね。これは通のお客さんだな、と」とは、「そば処 田中屋」の田中俊樹(としき)さん。
田中屋は、出雲大社(いづもおおやしろ)の勢溜(せいだまり)の鳥居のすぐ近くで、参拝客をもてなすさまざまな商いを続けて九代目。祖父の代から始めた出雲そば店は、居心地のよい空間だ。
そば処 田中屋
国産の石臼挽き手打ちそばを提供。真昆布とうるめ鰯の出汁、地元産醤油で仕上げたつゆにもこだわりがある。出雲大社参拝の際に立ち寄りたい一軒。
電話:0853-53-2351(予約不可)
住所:出雲市大社町杵築東364
休日:木
URL:https://soba-tanakaya.jp
大社に近い神社に、ちょっと珍しい横笛のコンサートのポスターが貼ってあった。神楽の笛を作り、演奏もする樋野達夫(ひの たつお)さんは、地元では著名な方とのこと。
日本最古の芸能とされる神楽は、かつては全国各地で盛んに行われていた。神さまが身近な出雲では、今でも、神楽が盛んなのだろうか。
樋野さんのご自宅は、ヤマタノオロチ伝説で知られる斐伊川(ひいかわ)の近く、穏やかな田園風景のなかにあった。近くにこんもりとした神名火山(かんなびやま)、その裾野にはスサノオノミコトを祀る古い神社もある。
「私は、毎日、山からのパワーを受けているんですよ」と、穏やかに笑う樋野さん。雅楽で用いる龍笛(りゅうてき)や、神楽で用いる神楽笛などの横笛を制作して五十余年。煤竹(すすだけ)に桜の樹皮を巻きつけた笛は、使うほどに美しく、艶を加えるという。
「出雲には、約四百五十年前から伝承される出雲神楽があります。神職が神事として行う神楽と、氏子たちが民俗芸能として行う里神楽があり、それぞれに用いる笛も異なる。一つとして同じ笛はなく、その集落でしか表現できない、独特の旋律があるのです」
樋野さんにお願いして、出雲神楽の旋律をいくつか奏でていただいた。厳粛にして、どこか心躍るような高音の響きは、周囲の空気をピリリと引き締めながら、心にじわりと染み渡る。
「民俗芸能としての出雲神楽は、そこに集う人どうしが息をあわせ、つながりを深めるもの。出雲には、昔から昔のものを変えずに守ろうとする文化があるんです」
出雲に来たら、ぜひ足を運びたかったのが、「出雲民藝館(みんげいかん)」。豪農の屋敷を一部改修した施設には、陶磁器、染織りなど、人々の暮らしのなかで使われてきたものが展示されている。近年は、出西窯(しゅっさいがま)や湯町窯(ゆまちがま)など、イギリス人陶芸家バーナード・リーチゆかりの陶器がまとめて手に入る売店も人気だ。
出雲民藝館があるのは、神戸川(かんどがわ)の近く。オオクニヌシの妃となったスセリヒメノミコトの誕生の地ともされる神西湖(じんざいこ)にも近い。
出雲民藝館
床に来待石(きまちいし)を敷き詰めた本館には、陶磁器や染織りなどの、暮らしの道具を展示。西館には、山陰の作り手による近代の民芸品を展示し、暮らしの美を今に伝える。
電話:0853-22-6397
住所:出雲市知井宮町628
休日:火(祝日の場合は翌日)、年末年始
URL:http://izumomingeikan.com
宿泊した「湯宿 草菴(そうあん)」は、湯の川温泉にあり、ここは、オオクニヌシの因幡の白うさぎ伝説に登場するヤガミヒメが体を癒やした湯とされる。出雲では、どこもかしこもが、神話と結びついているようだ。
湯宿 草菴
日本三美人の湯といわれる湯の川温泉にある、全16室のもてなしの宿。古民家を移築・再生。専用半露天風呂を備える客室があり、庭を眺めるプライベートな貸切温泉もいい。
電話:0853-72-0226
住所:出雲市斐川町学頭1491(湯の川温泉)
URL:www.yuyado-souan.jp
神楽のある人生
樋野さんの話を伺って、俄然、出雲神楽への興味が膨らんだ。
「夜中に神社で催される出雲神楽は、子どもたちにとっては、もう、鉄板ネタなんですよ」
とは、大土地(おおどち)神楽保存会神楽方の小田武司(おだ たけし)さん。出雲の子どもたちは、神楽を観ながら、自然と神話に触れて育つのだという。
島根県は神楽が盛んな県だが、なかでも出雲神楽は、神話をモチーフに、能狂言をも採り入れた荘厳な舞が特徴。県西部で盛んな石見(いわみ)神楽は現代風でエンターテインメント性が高いのに比べて、出雲神楽は神事のニュアンスを残し、古来の様式を留めているらしい。
小田さん曰く、
「三百年前の舞と音が、今もそのままライブで楽しめる。素晴らしいことだと思いませんか?」
おっしゃる通り。伝統と継承を旨とする、出雲ならではの独特な時空間なのだろう。
大土地神楽保存会神楽方が本拠とするのは、国譲り神話の舞台である稲佐の浜の近く。会長の桐山和弘(きりやま かずひろ)さんに伺った。
「毎年十月下旬の大土地荒(おおどちこう)神社例祭での奉納では、夕方六時から深夜三時まで、ぶっ続けで舞いますよ。そもそも神事である神楽は、江戸時代までは神職だけが演じていました。でも、大土地神楽は、江戸中期から氏子たちが素人神楽として活動していた貴重な存在なんです。また、子どもにも神楽を舞わせているのが特徴。そのため国の重要無形民俗文化財にも指定されています。大人も子どもも楽しめるのが、大土地神楽の魅力ですね」
大土地神楽で舞手を務めながら、自ら神楽面をも制作しているのが杉谷勇樹(すぎたに ゆうき)さん。まだ二十一歳の大土地神楽の若きホープだ。
「祖父が家で神楽面を打っていたので、子どもの頃から見よう見真似で何か作っていたようです。舞い出したのは、中学三年の頃から。笛の音を聞くと、思わずワクワクしてしまいますね。これからもずっと、神楽舞と面作りを続けていきたいと思っています」
秋は、出雲のそこかしこで神楽の公演が催される。神さまでなくても、その美しい笛の音を聞き伝統の舞を観るために、出雲に集ってみたくなるではないか。
大土地神楽保存会神楽方
URL:https://fb.com/355646394545246/
次回公演等のお知らせはWebサイトをご確認ください。
以下「出雲神楽定期公演」への参加は予定されていません。
出雲神楽定期公演
公演期間:~2021年3月27日
URL:www.izumo-kankou.gr.jp/trip/11014
日御碕(ひのみさき)神社にて、出雲神楽の定期公演が開催されています。期間内の特定の土曜日に、毎週異なる神楽団が登場予定。今年度はオンライン観覧プランも販売を予定しています。詳しくは上記Webサイトをご覧ください。
坪田三千代
つぼた みちよ/編集者・ライター。海外80カ国以上、日本全国の旅取材を企画から執筆まで手がける。歴史ある土地や大自然に惹かれるが、ラグジュアリー系ホテルや温泉などの取材も多い。
武田正彦
たけだ まさひこ/写真家。広告制作会社を経て、1985年に渡仏。86年北京美術館で映像展を開催。94年にアメリカにてADC(アートディレクターズクラブ)賞銀賞受賞。2000年フランス政府観光局主催フランスルポルタージュ大賞受賞。
出雲へのアクセス
全国各地から出雲縁結び空港へJALグループ便またはコードシェア便が毎日運航。出雲空港から出雲市内(出雲市駅)へは空港連絡バス、または車で約30分。
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