旅への扉

COFFEE & TRAVEL タンザニア ゾウやバッファローが横切るコーヒー農園

文/高橋敦史 写真/堀口珈琲(産地)、高橋敦史(店舗)

コーヒー農園といえば、多くは深い森でシェードツリーと呼ばれる大樹の間に埋もれていたり、開墾した急斜面に背丈の低いコーヒーの木が並んでいたりするもの。いずれにしても急峻で森深い山岳地帯を想起することが多い。ところが今回ご紹介するタンザニアのブラックバーン農園は起伏の緩い伸びやかな大地に広がっていて、そればかりか、農園内をゾウやバッファローなどの野生動物が通り抜けてゆくことも……。

 

野生動物の保護区に近い名門・ブラックバーン農園

東アフリカは良質なコーヒー豆を産む国々が連なるところ。北からアラビカ種の起源とされるエチオピア、ケニア、そしてタンザニア。北部でコーヒー農園が集中するエリアの一つがここカラツで、世界的に有名な「ンゴロンゴロ・クレーター」も近い。

 
しりとりのルールを覆すかのような「ン」で始まる稀有な地名で覚えた旅人もいるだろうし、「いつか行きたい世界遺産」としてリストアップした人もいるだろう。

 
ともあれ、ンゴロンゴロ保全地域は正真正銘の「天然のサファリパーク」であって、たくさんの野生動物たちが暮らす場所。シマウマやゾウ、バッファローの群れといった、絵に描いたようなアフリカを四輪駆動車で見学できる。セレンゲティ国立公園のヌーの群れの大移動も有名で、時期になると世界中から観光客がやってくる。

 
tanzania

▲上2点/ブラックバーン農園で。多くの他国の農園とは異なる広々とした景色。下2点/ンゴロンゴロ保全地域ではシマウマやバッファローなどが見られる。

 
コーヒー農園はもっぱらクレーター外側の南東部にある。点在する農園の多くは大規模で、その一つのブラックバーン農園は日本の老舗コーヒー店・堀口珈琲がおよそ15年に渡って仕入れを続ける名園だ。

 
ンゴロンゴロ保全地域に近いだけあり、野生動物は農園内にも現れる。バッファローやゾウなどの大型動物が畑を通り抜け、しかもその際、しばしばコーヒーの木にぶつかってゆく。この「ワイルドダメージ」は全体の木の10%にも及ぶそうで、ツーリストが歓声をあげて喜ぶ動物の出現も、農園にとっては案外やっかいな問題なのである。

 

まばゆい陽射しに育まれたコーヒー豆はアフリカンベッドの上に

coffeebeans

▲左/乾燥台で豆を乾かす。中/赤く熟したコーヒーチェリーを収穫。標高は1,760~1,950mと高い。右/ブラックバーン農園オーナーのミハエル・ゲルゲンさんと奥様。

 
真っ赤なコーヒーチェリーを収穫するのは、当地で衣類や風呂敷などにも広く利用される一枚布「カンガ」を腰に巻いた女性たち。水洗式で精製された後、パーチメントという黄褐色の殻に覆われたコーヒー豆がアフリカンベッドと呼ばれる乾燥台にざざっと広げられる。

 
アジアや中南米ではたいがいコンクリートなどの地べたに置かれるが、腰ほどの高さで作業できるこの乾燥台は体にやさしく、風通しもよくて理にかなう。名前のとおりアフリカの農園に多く見られる特徴的な方法だ。

 
ブラックバーン農園が丹精込めて育てて収穫・精製した豆は、堀口珈琲の各店や、そこにかつて勤めた人が興した自家焙煎店、コーヒー教室から巣立って独立した人が営むカフェなど、日本各地のコーヒー店へと旅立ってゆく。

 
旅情を含めて特にお薦めしたい一軒が、北鎌倉の「石かわ珈琲」だ。

 

北鎌倉の高台にひっそりと佇む人気の自家焙煎コーヒー店

ishikawacoffee

▲石かわ珈琲で。写真左、ケーキ2種「チーズ&パウンド」は520円(税込)。コーヒーはどの銘柄も1杯500円(税込)。

 
石かわ珈琲があるのは、あじさい寺として有名な明月院のさらに先。車がやっと通れるような細道をしばらく歩き、崖上への階段を33段上るとそこが店。2020年7月で12年目を迎える、知る人ぞ知る人気焙煎コーヒー店。

 
扱う豆はスペシャルティのニュークロップ(当年度産)のみ。シングルオリジンで常時8〜10種、ブレンドで3種。タンザニアのブラックバーン農園は、これらの豊富なラインナップのなかでも定番的な存在だ。

 
「この豆は深煎りに魅力を感じますね。アフリカの豆ってたいがい力強くて、裏を返せば癖もあるのですが、タンザニアは癖がない。深煎りでもきれいな酸味が出るんです」

 
ブレンドの一番人気「きたかまブレンド」のベースにも使ううえ、今夏はリキッドアイスコーヒーもエチオピアとこのタンザニア・ブラックバーン農園の豆とで作った。

 
Mr.Ms.ishikawa

▲民家を改装した店内は木のぬくもりに満ちている。カウンターには夫婦で立つ。

 
そう話す店主の石川新一さんは、奥様の久美子さんとふたりで店を切り盛りしている。高台に立つ古い民家を改装した店内からは、小さな庭と谷の向かいの緑を望む。

 
「鎌倉は、店をやるというより自分が暮らしたくて選んだ場所ですね。海が近くて山もあって、都会が恋しくなれば東京にもすぐ行ける……」

 
新一さんはコーヒー豆の供給元の堀口珈琲に加え、実は、映画のモデルとしても知られる能登半島の果ての名店・二三味(にざみ)珈琲でも働いたことがある。だからかどうか、「辺鄙(へんぴ)な場所でも店をやっていける」という妙な自信があったそう。

 
ishikawacoffee

▲上2点/ペーパードリップで丁寧に抽出。下2点/緑に満ちた高台の店。明るい陽射しが注ぎ込む。

 
住みよい環境は、当然ながらカフェ環境としても素晴らしい。筆者もかつて初めて訪問した際、鎌倉の奥へと分け入って店を見つけたときの喜びはひとしおだった。谷の細道から見上げて逆光気味に輝く崖上のカフェの姿は、今でも記憶に焼き付いている。

 
通信販売も好評で、玄関脇の焙煎機はほぼ毎日稼働中。「うちカフェ」用の取り寄せもいいけれど、やはりアジサイの花咲く頃にあの細道を歩いて訪ねたい。

 
そんなふうに思わせる、穏やかな雰囲気の名店だ。

 
高橋敦史
旅行媒体を中心に活動する編集ディレクター・紀行作家・写真家で、季刊雑誌『珈琲時間』編集長。移動編集社代表。温泉旅行やバックパッカーからリゾート、クルーズまであらゆる旅を撮って書く。昨今はバンライフにも目覚め、移動編集「車」を購入。

 

石かわ珈琲
電話:0467-81-3008
住所:神奈川県鎌倉市山ノ内197-52
営業時間:11:00~17:00(喫茶・テイクアウトは~15:00)
※2020年6月30日まで喫茶・テイクアウト営業を一時休止中
定休日:水・木 禁煙
JR横須賀線・湘南新宿ライン北鎌倉駅から徒歩約12分

 
 

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