旅への扉

COFFEE & TRAVEL トアルコ トラジャ 産地とカフェをつなぐ旅

文・写真/高橋敦史

おおむね北回帰線から南回帰線の間、熱帯の「コーヒーベルト」と呼ばれるエリアで育ち、収穫・精選され、生豆の状態でコンテナで世界中の消費先へと運ばれるコーヒー。行き先は北米やヨーロッパ、南半球のオーストラリア、コーヒー愛飲国として名高い北欧諸国、そして日本……。コーヒーは世界中とつながっている。いまからするのは、インドネシア・スラウェシ島の山深くで栽培される銘品「トアルコ トラジャ」と日本人・日本のカフェとの意外な縁の物語。

 

インドネシアの山深く、舟形家屋トンコナンが連なる集落へ

リゾートの島として名高いバリ島からさらに飛行機で隣のスラウェシ島マカッサルへ飛び、バスに揺られておよそ7〜8時間。ようやく辿り着く山奥がトラジャ地方だ。日本から約5300km離れたこの場所は、2000m級の山々に囲まれた棚田広がる高原の秘境。標高1000〜1800mの村々でコーヒーの木が育てられ、トアルコ トラジャという高級銘柄として日本へと届く。

 
「トラジャ」とは、そもそも「山の人」を意味する地元の言葉。独自の風習と言語を持つトラジャ族が暮らすこの場所は、文化面でも世界的に珍しい。舟形家屋と称される彼らの伝統住居トンコナンは、高床式住居の屋根に立派な舟を掲げたような特異な形状。トラジャ族は高地の民だが遠い昔に海を渡ってやってきて、屋根上の舟はそれを示しているのだとも聞いた。勇敢に海を渡った志を末代まで忘れないように、と。

 

▲上/ペランギアン村のサミュエル・サトゥーさん一家。高床式の母屋の軒下で。下左・中央/伝統的な舟形家屋「トンコナン」は精緻な彫刻も魅力。写真はリゾートホテル内に再現された建物。下右/真っ赤に熟したコーヒーチェリー。果肉を除去した種がいわゆる「コーヒー豆」に。

 

地元の人と日本人が40余年、ともに歩んで育んだ銘品

▲年に2〜3日しか咲かないという白く可憐なコーヒーの花。

 
インドネシアのコーヒー栽培はそもそも旧宗主国オランダが17世紀に苗木を持ち込んだのが始まりで、植民地支配の終焉とともに廃れていった。後の1970年代になって当時の木村コーヒー店(現・キーコーヒー)OBが細々と生き残っていた上質なアラビカ種を見つけ、一握りの生豆を本社に持ち帰る。終わりかけたはずの物語の新章への扉が開かれたのは、この時だ。

 
「風味豊かなこのコーヒー豆を復活させて、日本へ届けたい」

 
現地調査を重ね、1973(昭和48)年、ついにパダマラン直営農園が開かれる。

 
ひとくちにコーヒー農園といっても、実際は森との判別がつきにくい。ブラジルやハワイ島コナ地区などに見られるプランテーションとは違い、ここではもともとあった森を生かしたまま、大樹の隙間にコーヒーの苗木を植える。大樹は「シェードツリー」といってコーヒーの健全な生育に欠かせないもの。農園はまるで森に埋もれるようにあり、コーヒーの赤い実の収穫は、カゴを背負って斜面を登り、手作業で行う。

 
銘品トアルコ トラジャにはパダマラン直営農園のほか、周辺の協力生産農家からの集買で集めた豆も多く使われるそうだ。

 
「だいたい8割が周辺の集買所からの買い付けで、2割がパダマラン農園ですね」

 
キーコーヒーの広報担当・田口勇治さんは言う。

 
もしかするとこれこそが、同社と現地との良好な関係性を如実に表す数字かもしれない。農園を開いて以来40余年、一貫して彼らは「現地とともに歩む」姿勢を体現してきた。

 

▲トアルコ トラジャ栽培の担い手は老若男女さまざま。質の高いコーヒーを育てて表彰された彼らの晴れ姿をアワード会場で撮影。

 
駐在の日本人は皆インドネシア語を猛勉強し、流暢な言葉で農家の人々と交流する。一帯を自社農園で埋めるのではなく、近隣の零細農家と連携し、栽培方法の講習会を開き、クオリティーの高い生豆の栽培・精選方法を伝えてゆく。彼らの暮らす山奥の村の小さな市場にまで出向いて集買し、いい豆はトアルコ トラジャとして輸出する。

 
昨年、優秀な農家を表彰するアワードに筆者が顔を出したとき、最も印象的だったのは一張羅に身を包んだ彼らの晴れやかな笑顔。この人たちがあのコーヒーを、と思う。

 
作り手の顔を思い浮かべることは、飲食に関してはとりわけ大切だ。あの人が育てたコーヒー、あの人が淹れたコーヒー。そんなことを考えながら、トアルコ トラジャが行き着く先の日本のコーヒー店へと足を運んだ。

 

マダムが集う銀座の老舗とトアルコ トラジャの意外な関係

▲回転扉と煉瓦造りのファサードが美しいトリコロール本店。

 
店は1936(昭和11)年創業というから、もう80年以上に渡って銀座の街を見つめてきたことになる。最近では1ブロック先にGINZA SIXが完成し、通りの眺めはずいぶんと近未来的になった。煉瓦造り2階建て、入り口に回転扉を備える「トリコロール本店」は、それでも昔ながらの銀座らしい品のよさと艶やかさを備え、老舗カフェの凜とした風格を醸し出している。どこか中世ヨーロッパの建築美を想わせるこの建物は1982(昭和57)年に改築された3代目。昔の写真を見比べると、面白いことに3代目のこの建物こそが最もクラシカルで豪奢に見える。

 
布製フィルターで濾すネルドリップ抽出が自慢のこのカフェで、店オリジナルのアンティークブレンドとともにメニューに並ぶのがトアルコ トラジャ。

 
銘品トアルコ トラジャがこの店にある理由は、こんな言い方もできるかもしれない。

 

▲上左/中世のカフェに迷い込んだかのような2階席。上右/注文ごとにネルドリップで丁寧に抽出。下左/香り高いトアルコ トラジャ(1100円)とショコラ(660円)。セットなら100円引きの1660円。下右/思いがけず豊かな緑が店を彩る。銀座を見つめ続ける名店だ。

 
トリコロール本店を創業したのが木村コーヒー店の店主・柴田文次、つまりキーコーヒーの初代社長その人だから。当時まだ珍しい飲み物だったコーヒーを普及させようと自ら開いたのがここであり、カフェは今も変わらずキーコーヒーの豆を使う。

 
「最近は外国のお客さまからもトアルコ トラジャについてのご質問を受けます。地名を知らないと想像がつかず、『オリジナルブレンドと比べてお値段高めなこのコーヒーは何だろう?』と興味を持たれるようですね」と店長の小宮郁子さん。

 
ネルドリップは沸騰したお湯を用い、20秒ほど蒸らした後にぐるんぐるんと勢いよく注ぐ特徴的な淹れ方だ。お湯の温度が下がって雑味が出るのを防ぐためにそうしているのだと聞いた。

 
トアルコ トラジャの何よりの特徴は、香りのよさと高地産ならではの上質な酸味。華やかかつフルーティー、そしてそこにまろやかで芳醇なコクが加わる。酸味が苦手な方にもぜひ試してほしい。コーヒーは「豆」とはいえど本当は「果実の種」であり、だからこそフルーツのような華やかな酸味も個性として引き立つもの。

 
取材時、トリコロール本店では20年以上も前からあるという焦げ茶色のトアルコ トラジャ専用カップを大切に使っていた。まるで店の伝統そのものを守るかのように。

 
「もう2客しかないんです。だから新人にまず教えるのはこのカップを壊さないこと」

 
店長の小宮さんはそう言って、ひとしきり笑った。

 

トリコロール本店
TEL:03-3571-1811
営業時間:8:00〜20:30(2階席は11:30〜)、土・日曜・祝日は〜21:30
定休日:無休  1階喫煙可、2階禁煙
東京メトロ日比谷線・銀座線・丸ノ内線銀座駅から徒歩約3分

 
 

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