旅への扉

ドイツ 聖なる4週間 [Vol.1]

文/鈴木博美 撮影/Ryoichi Sato

ドイツでは11月30日の「聖アンデレの日」に最も近い日曜日からクリスマスイブまでの4週間をアドべント(待降節)と呼び、クリスマスを迎えるまでの日々を大切に過ごす習慣が伝わる。

 
クリスマスの市が立ち、煌めくイルミネーションで街が華やぐ12月。フランクフルトとドレスデンを結ぶゲーテ街道を巡り、聖なる4週間を旅する。

 

フランクフルト 光り輝く季節の始まり

アドべント・クランツに立てられたキャンドルに火が灯され、1年で最も喜びに溢れる期間が始まった。ドイツではイエス・キリストの降誕となるクリスマスまでの4週間、心を磨く準備期間となる。その間の習慣の一つが、アドべント・クランツ。イエス・キリストを意味する常緑樹の枝を丸めたリースに4本のキャンドルを立て、日曜日ごとに1本ずつ火を灯していく。すべてのロウソクに火が灯されれば、クリスマスはもう目の前だ。

 
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▲日曜日ごとに1本ずつ火を灯す。

 
気温は日中でも0℃に近いこの時季のドイツは、いつもなら灰色の空に雪がちらつき、クリスマスマーケットに立つ屋台を彩る豆電球の飾りが、暗く寒い街に救いの手を差し伸べている。ところが降り立ったフランクフルトは、拍子抜けするほど雲一つない澄み切った青空が広がっていた。12月のドイツの日照時間は50時間に満たないというから、フランクフルトの市民にとって貴重な青空といえるだろう。幸運を分けてもらったような気分だ。

 
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▲レーマー広場のクリスマスマーケットはドイツ屈指の規模と歴史を誇る。

 
1393年に遡るフランクフルトのクリスマスマーケットは、ドイツを代表するものの一つに数えられ、毎年世界中から300万人以上が訪れる。レーマー広場では、クリスマス雑貨やソーセージなど、200軒以上の屋台がひしめくなか、回転木馬が煌きを放ちながら子どもたちを夢の世界へと連れ出す。大人たちは高さ30mの巨大クリスマスツリーの下で、白い息を吐きながらスパイスの香る温かいグリューワインと、サワークリームを塗った薄いパン生地にベーコンとタマネギをのせた郷土料理、フラムクーヘンを頬張っている。広場はそんな幸せな情景と笑顔に満ち溢れている。

 
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▲左/光に包まれるクリスマスマーケット。右/クリスマスマーケットのメリーゴーラウンドは大人気。

 
クリスマスマーケットの発祥は14世紀頃、フランクフルトともドレスデンともいわれているが、アドべント期間中に開催されていた伝統的な市が原型であり、アドべントが終わるクリスマスイブに終了するのが一般的。クリスマスまでのカウントダウンを盛り上げるアドべント・カレンダーも、12月1日から開始して、24個の小窓を毎日一つずつ開けていき、小窓のなかに入っているお菓子やおもちゃを楽しみにクリスマスを待つ。光り輝く時間が流れるドイツのクリスマスシーズンは、そのすべてがアドべントの伝統の上に成り立っているのだ。

 

フランクフルト ゲーテも愛したクリスマス

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▲ゲーテハウスに飾られたゲーテの肖像画。

 
ライン川の支流、マイン川のほとりに発展したフランクフルトは、1200年以上の歴史を誇る古い街である一方、欧州中央銀行の本拠地があり、金融と商業の中心の二つの顔を持つ。そんなフランクフルトに生まれ、「偉大な息子」と称されて人々に愛されてきたのが、18~19世紀の文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテだ。毎年アドべントの時期を楽しみ、クリスマスを詠む詩も多い。4歳のクリスマスに祖母からもらった木製の立派な人形劇の舞台は、今でもゲーテの生家「ゲーテハウス」に展示されている。時には自作の人形劇を妹と演じ、家族や友人に披露していたという。そうした演劇の創作や母からの読み聞かせは、少年ゲーテの柔軟な感性と想像力を鍛え、後の大詩人としての礎となったに違いない。その後ヴァイマールに移り住んでからも、友人の子どもたちと「クリスマス人形と幽霊」などといった、自作の人形劇を楽しんだそうだ。

 
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▲ゲーテハウスでは当時の様子が再現されている。

 
また、フランクフルト伝統のクリスマス菓子で、マジパンで作られるフランクフルター・ブレンテンは、ゲーテの好物の一つ。大人になってもわざわざ母上お手製のブレンテンをワイマールの自宅まで送ってもらっていたという。さらに母の死後は、有名な菓子職人に依頼して送らせていたほど、ゲーテにとって欠かせないクリスマスの必需品だった。この時季のフランクフルトのクリスマスマーケットの屋台やコンディトライ(パティスリー)を覗けば、フランクフルター・ブレンテンや、アーモンドスライスをのせた丸いマジパンの焼き菓子、ベトメンヒェンが店頭を飾る。「クリスマス菓子は家庭でも作りますが、代々贔屓にしている菓子店で買い求める人が多いですよ」。レーマー広場前にあるコンディトライのご主人はそう話す。

 
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▲左/ベトメンヒェンとフランクフルター・ブレンテン。右/グリューワインのカップは記念に持ち帰ることができる。

 
アドべントは、1年で最も寒く暗い季節にキャンドルや電飾に明かりを灯し、甘いお菓子を少しずつ食べながら皆で喜びを分かち合う。そうして自分の内にも光を灯し育てていく大切な行事なのだ。ワイン好きで知られるゲーテも、時にはクリスマスマーケットを訪れてグリューワインで温まり、光に満ちたアドべントを楽しんだことだろう。

 
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▲左/この時季は足元から頭まで防寒対策は必須。左/多くのクリスマスグッズが気分を盛り上げる。

 
Vol.2へつづく

 

 

Information about Germany

ゲーテ街道 Goethestraße
Goethestraße
フランクフルトからドレスデンを結ぶ、ドイツの再統一後に誕生した、旧西ドイツと旧東ドイツを初めて結んだ600kmのルート。ゲーテゆかりの地を巡るだけでなく、バッハやワーグナー、シラー、ルターなど文化人の足跡に触れ、世界遺産の城や街を訪れることができる。
また、街道沿いでは、その土地ならではの郷土色豊かな料理も味わえ、12月には街ごとに個性豊かなクリスマスマーケット巡りも楽しい。

 

ドイツへのアクセス

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東京(成田)よりフランクフルトへJAL直行便が毎日運航。フランクフルトより鉄道でフルダまで約1時間、エアフルトまで約2時間10分、ドレスデンまで約4時間20分。

 

(SKYWARD2018年12月号掲載)
※記載の情報は2018年12月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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