旅への扉

COFFEE & TRAVEL ブラジル サントス No.2がナンバーワンという不思議

文・写真/高橋敦史

世界60カ国以上で作られるコーヒー豆。なかでもブラジルは最大の産出量を誇り、世界のコーヒー豆の約3割を担う。コーヒーといえばブラジルであり、まず思い出すのは「サントスNo.2」という銘柄だ。「サントス」とは世界一のコーヒー生豆輸出港として発展したブラジル南東部の海辺の街の名。曲がりくねった河口の岸辺に延々続く港には巨大な貨物船が縦列に並び、日々コーヒー豆や穀物などが積み込まれ、世界各地へ旅立ってゆく。

 

世界最大のコーヒー豆輸出港・サントスの街を歩く

内陸の州都サンパウロまで約75kmのサントス。南米最大の港湾都市として名高いものの、日本では、どちらかというとサッカー選手のペレやネイマールを輩出し、キング・カズこと三浦知良も所属したサントスFCで覚えた方も多いだろう。

 
港に面した旧市街・セントロはコロニアル建築が連なる静かな街だ。赤いケーブルカーでモンチ・セハーの丘に登れば、丘の緑の向こうにすすけた石造りの建物や橙色の屋根が連なる街を一望できる。訪ねた日は薄曇りで、底抜けに明るいリオデジャネイロなどとは違い、どこか落ち着いた雰囲気を持つ街に見えた。

 
「港がいつも霞んで埃っぽいのは、トウモロコシの粉のせいかもしれません」

 
冗談とも本気とも取れるようなたどたどしい日本語で、案内役の日系女性が答えてくれた。そしてコーヒー界の常として高級豆は輸出用であり、現地の飲み方は意外と雑。ブラジルもその例にもれず、家庭では割とざっくりした淹れ方らしい。布で濾したどろどろに濃いコーヒーに砂糖をたっぷり入れるカフェ・ジーニョが地元風だと、何かで読んだ。

 
「そうですね。日本人はペーパードリップ、イタリア人はエスプレッソ。ブラジルの私たちは靴下でもいいから布でドリップして……」

 
いやいや、さすがに靴下はないでしょう。そんな軽口を叩きながら丘を下りて訪ねたのが、セントロにある観光名所の旧コーヒー取引所だった。

 
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▲左/道の奥にはサントスFC本拠地の白亜のスタジアム。中/ゴンザガビーチのある海側はシティ&リゾートの趣。右/日本人移住者が笠戸丸で最初に辿り着いたのもサントス。写真は海辺に佇む記念像。

 

観光客で賑わう、かつての「世界のコーヒーの中心地」

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▲上/旧コーヒー取引所のオークションホールを見上げる。支柱から上へと伸びるアーチが中央のステンドグラスを支える美しいデザイン。下3点/立派なカフェスペースもあり、観光客で賑わっている。

 
旧コーヒー取引所は巨大ながらも思いのほか地味な外観の、すすけたコロニアル建築だった。それにひきかえ内部は立派。入り口付近には観光客で賑わうカフェがあり、オークションホールの天井にはステンドグラスがはめ込まれている。

 
取引所の開設は1922年。往時はブラジル全土から集められたコーヒー豆の選別と取引が行われていた。世界のコーヒー豆の価格がここで決まったという、いわばコーヒー界の「世界の中心」。時代が下ると電子取引になり、役目を終えた今は歴史を伝える博物館として機能している。館内には、収穫や選別に使う古い道具も並んでいた。

 
ところで、コーヒー銘柄でいうサントスは正確には産地ではなく、ここサントスから輸出された豆のこと。なかでも「サントスNo.2」が最も上質とされている。なぜNo.2が最上かというと、実はNo.1という分類自体が存在しないから。

 
豆のサイズなども関係するが、とりわけ主要な観点として“欠点豆や異物の少なさ”で等級分けがなされており、「混入物が完全に存在しないことはあり得ない」という真摯な考えからNo.1は欠番。だからNo.2が一番なのだ。

 

扱う豆はサントスNo.2のみという、青山の隠れた名店

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▲左上/サントスNo.2のみを扱う蔦珈琲店。長いカウンターは11席ある。右上/テーブル席は窓外の庭の眺めも魅力。都心とは思えない穏やかなひとときを演出してくれる。左下/コーヒーは大倉陶園のカップで供する。右下/注文ごとにネルドリップで点滴抽出。手間のかかる作業だ。

 
扱う豆が1種類というのは数ある珈琲専門店のなかでも相当に潔く、珍しい。東京・青山の裏路地にひっそりと佇む蔦珈琲店で供されるコーヒーはブラジル・サントスNo.2のみ。スクリーン(豆の大きさ)も大ぶりの#19だけに決めていて、この豆一つでホット、アイス、デミタスなどと淹れ分ける。

 
マスターの小山泰司さんが店を開いて32年。著名な建築家の私邸だった建物を小山さんが珈琲店にした。店内は決して広くはないものの、大きなガラス窓の向こうに緑の庭を望み、ここが都心の一等地・青山であることをすっかり忘れさせてくれる。それにしてもなぜ豆はサントスNo.2だけを、と水を向けると小山さんはこう言った。

 
「一番は僕の好みですね。酸味が得意でないので。サントスNo.2は苦味がメインでバランスがよく、供給量が多いから常にいい豆が手に入るんです」

 
「サントスNo.2は苦味しか出ずブレンドにすべしと言われることもあるものの、焙煎技術で甘く焼けると信じているのでストレートにこだわっている。他にいい豆があったらいつでも変えてやるとも思うけど、これだけ長く使っているからね」とも。

 
卓上に出された一杯は、誰もが気に入るであろう王道をゆく味だった。コーヒーらしい苦味がベースにありながらもほのかに甘く、後味はすっきり切れてゆく。

 
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▲左/マスターの小山さんと愛用の焙煎機。中/ひっそりとした店の玄関。右/壁に掛かる「蔦」の書は、客として来店していた書家による。店のために書かれたのではなく「蔦の字の作品があるのを偶然見つけ、懇願して譲り受けた」というエピソードも面白い。

 
帰り際、「お店の裏側だけど、見てみます?」と案内されたのはバックヤードの焙煎機。およそ30年前に中古で買って以後、直し直し使い続けている旧式のフジローヤルだ。サントスNo.2はこの焙煎機との相性がよく、だからこそ敢えて新型にしないのもマスターの信念。焙煎とは豆のはぜる音に耳を澄まし、機械や豆と対話をするような作業だから。

 
「旧式の方が『会話』ができる。僕には、出来の悪い息子みたいに愛着があるんです」

 
冗舌なマスターが古風な焙煎機の隣で柔和な笑みを浮かべていた。思わず、撮らせてもらっていいですかと告げて、カメラのシャッターに指をのせた。

 
高橋敦史
旅行媒体を中心に活動する編集ディレクター・紀行作家・写真家で、季刊雑誌『珈琲時間』編集長。移動編集社代表。温泉旅行やバックパッカーからリゾート、クルーズまであらゆる旅を撮って書く。昨今はバンライフにも目覚め、移動編集「車」を購入。

 

蔦珈琲店
住所:東京都港区南青山5-11-20
TEL:03-3498-6888
営業時間:10:00〜20:00、土・日・祝は12:00〜20:00
定休日:月  喫煙可(3月1日以降は禁煙)
東京メトロ銀座線・千代田線・半蔵門線表参道駅B1出口から徒歩約4分

 
 

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