特産品の夏みかんを使った銘菓に、温故知新のシュークリーム、クラシックなウィーン菓子……。甘い味を求め、山口へ。
目次
1日に1,000個売れる!宇部の絶品シュークリーム「虎月堂」
山口の空の玄関口、山口宇部空港から車で約5分。地元で評判だと聞く洋菓子店「虎月堂」を訪ねると、平日の午前中にもかかわらず買い物客が多いのに驚いた。常連客の一番の目当ては、シュークリーム。個別に包装された小ぶりのそれが行儀よく並んで、ショーケースの一等地にスタンバイしている。手に取ると、思わず目を見開く柔らかさが袋越しに手のひらへと伝わり、かわいらしい見た目とは裏腹、ずしりと重い。ひと口かじると、滑らかなカスタードクリームが一気に口の中に広がった。
虎月堂の創業は1953年。創業時は和菓子店で、北九州市の洋菓子店で修業した現在の代表・坂田淳一さんが店を継いだ30年前に洋菓子店になった。
「だからこれ、和菓子のイメージ。本場のシュークリームは、生地がざくっとしているけれど、日本人は饅頭に餅菓子と、柔らかくてモチモチの食感が好きでしょう?」と、坂田さん。なるほど、納得。
KOGETSUDO(虎月堂)本店
電話:0836-21-3543
住所:山口県宇部市昭和町3-1-9
休日:日、第4月
街の愛されケーキ屋さん、山口市の「宝来屋」
もう一軒、シュークリームが有名な店があると聞いて車を山口市内へと走らせる。市役所や山口県立美術館がある市の中心部からすぐの、細い路地沿いに立つ「宝来屋」だ。店に入るや、ずらりと並ぶケーキのまぶしいオーラに圧倒される。いちごのショートケーキもモンブランもザッハトルテも、みんなピンと背筋を伸ばしているかのよう。美しい毛筆で添えられた品書きは、一言コメントがまるで書店のポップさながらだ。
宝来屋のシュークリームは、たっぷりのクリームがサンドしてある。一見、生クリームに見えるが、実はカスタードクリームをブレンドしているのだとか。
「昔は洋菓子といえばバタークリームが主流だったけれど、50年ほど前、生クリームが出回るようになり、食べてみたらものすごくおいしかった。それで、生クリームを主役に、それまで使っていたカスタードクリームを混ぜてつくってみようとなったんです」
そう話す松岡茂良さんは、店の二代目。当時としては珍しく東京の製菓の専門学校で学んだ経験を持ち、やはり和菓子店として創業した店を洋菓子店に変え、地域に西洋菓子の文化を伝えてきた。
馴染み深い和菓子をヒントにした虎月堂、当時の洋菓子の最先端を取り入れた宝来屋。真逆の発想から生まれたシュークリームが、時代を超えて愛されている。
宝来屋
電話:083-922-0391
住所:山口県山口市中河原3-3
休日:なし
日本茶カフェ鴻雪園で「わらび餅ドリンク」をちゅるり
宝来屋から徒歩5分ほどの場所にある「鴻雪園」は、宇部市で栽培する山口茶などを扱う老舗茶舗が開いた日本茶カフェ。ここで出合った「わらび餅ドリンク」なるものは、流行りのタピオカドリンクの日本版?新しいものを独自の形で根づかせるのは、山口県人のスピリッツなのか。
鴻雪園
電話:083-921-1717
住所:山口県山口市後河原163
休日:火、第2・4月
山陽小野田で味わう「ティーゲベック」の本格ザッハトルテ
宇部市と山口市の洋菓子店で出合ったシュークリームにいたく感動したが、旅を続けるうち県内の津々浦々に、地域に愛されるお菓子があることを知る。本州最西端、三方を海に囲まれた山口県は、内陸部と海沿いで、また瀬戸内海側と日本海側で風土や文化が少しずつ異なり、似ているようで決して同じではない里山の風景を眺めながらのドライブは飽きることがない。行く先々に足を止めたくなる甘味があるとなればなおのこと。
宇部市のお隣、山陽小野田市ではまさかのウィーン菓子店に出合う。“まさかの”とは失礼だが、東京にも数えるほどしかない専門店が、山口の街中から外れた場所で四半世紀の歴史を重ねているとは。小川真さんは、東京のウィーン菓子店に勤めた後、この地に「ティーゲベック」を開いた。
「近所の農家から新鮮な牛乳を手に入れることができて、山に入ればキイチゴなどの果実が採れる。このうえない環境です」
ウィーンの名店直伝のザッハトルテは、チョコレートにじゃりっとした食感があり、アプリコットジャムの酸味が効いた正統派。開業時は「なんだこれ?」と、顔をしかめる人も多かったというが、今では「この味でないと」と、月に数回足を運ぶ人がいる町の名物になっている。
ティーゲベック
電話:0836-84-0086
住所:山口県山陽小野田市有帆466-23
休日:水、第3木
防府の「三日月堂珈琲」で、ほっこりスイーツ時間
クラフト感溢れるカフェも魅力的だった。防府市の「三日月堂珈琲」は、自家焙煎のコーヒーと手づくりの甘味、スイーツの店。看板は、店で炊くあんこを使ったトーストやワッフル、きなこや抹茶のパフェ。小豆の風味を残したあんこのほっこりとした甘さと中深煎りの三日月堂ブレンドは、文句なしの“マリアージュ”。
三日月堂珈琲
電話:0835-28-8962
住所:山口県防府市栄町2-2-37
休日:月(祝日の場合は振り替え)
焼きたてにかぶりつきたい! 美祢の石窯パン工房「ブーランジェリー クラ」
日本最大級のカルスト台地・秋吉台に広がる秋吉台国定公園内にある「ブーランジェリー クラ」は、カフェを併設した石窯パン工房。ここで12年前の開業時から愛されている定番が、小ぶりのあんぱんだ。強力粉を秋吉台の地下水でこねた生地でたっぷりのあんこを包み、高温で一気に焼き上げる。ほかにないモチモチ感は、年配客に「これは餅かね?」と、いわれるほど(笑)。“限りなく菓子寄り”な菓子パンだ。
Boulangerie Kura(ブーランジェリー クラ)
電話:08396-2-1111
住所:山口県美祢市美東町赤3108
休日:火、水
萩「光國本店」の夏蜜柑丸漬は想像を超える美味しさ
山口県をぐるり巡った旅の最後に、萩市を目指す。長州藩のお膝元、城下町の面影を残す町並みや「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に登録された史跡が残る、山口観光の本丸だ。萩の銘菓として全国に知られるのが、「夏蜜柑丸漬」。その元祖「光國本店」を訪ねると、光國良子さんが出迎えてくれた。
「104年前から変わらず、今も一つずつ手づくり。5日で100個つくるのがやっとなんです」
糖蜜で煮込んだ夏みかんの皮の中は、果実の香りを写した白羊羹で満たされている。薄切りの一切れをかじると、表面を覆うグラニュー糖と羊羹の強弱ある甘さの間から、爽やかな柑橘の香りがふわりと広がった。
光國本店
電話:0838-22-0239
住所:山口県萩市熊谷町41
休日:不定休
津和野の「ざら茶」がおしゃれなハーブティーに!「香味園 上領茶舗」
江戸時代、津和野藩として栄えた島根県津和野町は、萩市内から車で1時間ほど。この町で藩政時代から飲まれているお茶があると聞き、足を延ばしてみた。創業90年の「香味園 上領茶舗」の店先で、店主のリコッタ上領瑠美さんがさっそくマメ科の植物・カワラケツメイを煎じた「ざら茶」を淹れてくれる。香ばしさと野趣と、自然な甘みが混じり合う優しい味だ。
大阪で生まれ育った瑠美さんは、祖父母に代わり店を継ごうと3年前、夫のアドリエン・リコッタさんと津和野に移住した。ざら茶の素朴な味を大事に伝えながら、ブレンドティーもつくり、今の暮らしに合ったお茶の楽しみを提案している。あれこれ試飲しながら、旅で出合った甘い味を思い出す。これは和菓子に、こっちは洋菓子に合うな……と、考えながら。
香味園 上領茶舗
電話:0856-72-0266
住所:島根県鹿足郡津和野町後田口519
休日:日・祝日
URL:https://www.tsuwano-zaracha.com/
佐々木ケイ
ささき けい/ライター。全国各地、居酒屋から高級レストランまでを巡り、食や酒の記事を執筆。『BRUTUS』『dancyu』などで連載を担当。
宮濱祐美子
みやはま ゆみこ/写真家。自然光を生かした柔らかなニュアンスの作品が注目を集め、雑誌、書籍を中心に活躍。料理や手工芸の撮影を多く手がける。
山口県へのアクセス
東京(羽田)などから山口宇部空港へ、JALグループ便が毎日運航。
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