旅への扉

ベトナム、カントー市の水上マーケット

文/平野久美子 撮影/坂齊 清

ここ数年、ベトナムはめざましい躍進を遂げている。かつて「サイゴン」と呼ばれたホーチミン市は近未来都市に激変。経済成長の強力なエンジンになっている。

 
そのホーチミン市から南部メコンデルタの中心地カントー市までドライブをした。車窓から目にするのは、メコン川の豊穣な大地に広がる水田、置き去りにされたようにポツンポツンと立つフランス時代の建物。ホーチミン市とは別世界のベトナムが広がっている。

 

メコンデルタの大都市、カントーの風物詩

カントーは、昔から米作の集散地として栄えてきた人口約120万の活気溢れる地方都市だ。中でも、メコン川の水上マーケットは、昔ながらのベトナムの生活を垣間見ることができるため内外の観光客の人気を集めている。タイでは、既に観光用になってしまったが、カントーの水上マーケットは市民の生活の場そのものだ。従って観光客は、おじゃまにならぬよう見学させてもらわなければならない。

 
mekong river

▲夜明けのメコン川にボートのエンジン音が響く。

 
夜明けとともに始まる水上マーケットの見学は、前日から地元のホテルに泊まり、翌朝早くに船着き場までタクシーを使って出かけるといい。またはホテルからマーケットツアーに申し込めば、迎えの車がやってくる。

 
午前5時過ぎのメコン川は、夜と朝が交代する時間のまっただ中にある。ようやく姿を見せた太陽は川面をあかね色と黄金に染め、船が立てる波模様はメコン川の息吹のように躍動している。

 
船着き場には既に各国の観光客がボートの順番を待っていた。トッ、トッ、トッ、トッと規則正しいエンジン音を響かせるボートの群れ。声高に客をさばく船頭たち。ガソリンの匂いをまき散らしながら先を争って下流のマーケットエリアへ繰り出すボート。そのどれもが朝日を浴びて美しいシルエットを浮かび上がらせている。

 
can tho city

▲大河が流れる水の都、カントー市。

 

メコン川を下り、水上マーケットへ

私たちが乗り込んだボートは、しぶきを上げながらメコン川を下る。両岸に並ぶ倉庫や店舗はまだまどろんでいるようだ。30分ほど進むと、大型船やボートがひしめきあうカイラン区に到着した。エンジンの出力を下げ、ボートはゆっくりと船の間を縫って進む。大気には、水草の匂い、熱帯果実のグラマラスな香り、焦げたパーム油の匂いなどが混ざり、メコン川の真ん中にいることを実感する。

 
いつのまにか手こぎの舟が1艘、2艘と波のリズムに合わせて私たちの乗っているボートに近づいてきた。これらはすベて観光客目当ての物売りだ。軽く船体に接触する音が、まるでノックをしているようだ。

 
mekong river

▲水上に無数の舟がひしめきあう。

 
野菜舟、果物舟、デザート舟、軽食舟、ホウキやバケツなどの雑貨舟と分かれていて、どの舟も吃水線と水面の位置が変わらないほど、商品を積み込んでいる。そんな舟を器用に操っているのは、ノンラー(ベトナム特有の円錐形の日よけ帽子)をかぶっている女性たちだ。彼女たちは舟の上で巧みにバランスを取りながら、笑顔で品物を高くかざし営業をする。

 
「タマネギ1袋、安くしておくよ」、「甘いスイカだよ~」、「パイナップルはどう?」などなど矢継ぎ早に声が飛ぶ。でもその声は、マシュマロみたいに柔らかい。要らなければ、ベトナム語で「ホン ムアー」(không mua  買いません)と断ろう。そうでもしないと周囲に集まってきた舟から抜け出せなくなる。

 
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▲大型船に詰め込まれたスイカの山。

 
こうした小さな舟とは対照的に、大型船には袋詰めされたタマネギに、青パパイヤやパイナップル、キャベツ、ランブータン、ココナッツなどが積み込んである。こちらは卸業者で、船に垂直に立てた竹竿の先に、扱う商品をぶら下げている様子がなんとものどかだ。大型船によっては、観光客でも船に乗り込んで品物を手に取り確かめてから購入することができるのでうれしい。

 
ちょうど、パイナップルの卸売りの船の近くを通ったので、朝採れの品をその場でナイフでカットしてもらった。果皮をむいていくと、完熟した官能的な香りが立ち上がる。

 
market

▲朝採れ果実をその場で食するのも水上マーケットの醍醐味だ。

 
甘い果汁をふんだんに含んだパイナップルをほおばりながら周囲を見渡すと、朝霧は既に消え、水上生活者の1日が始まっていた。

 
船の上で洗濯をする女性、飼い猫に餌を与えているお年寄り、掃除をしている子どもたちなどが、笑って手を振ってくれる。船上デッキでは子犬がひなたぼっこをしている。隣の船では、舳先に巻き付けたロープに洗濯物を干している女性、調理場から美味しそうな匂いを漂わせている船もある。

 
しかし、彼らは、一生船の上で生活をするわけではないらしい。メコン川を行き来しながら商売をして、品物が完売すれば地上の家に戻る家族も多いと聞く。その昔はインドシナ半島にも香港にも生粋の水上生活者が住み着いていたが、今はだいぶ減ったようだ。

 
午前8時過ぎに、ボートは船着き場へ戻り下船した。メコンデルタの風物詩ともいうベき水上マーケットの賑わいが、川風に乗って街中にも充満していた。私の髪の毛にもTシャツにもメコンの匂いがまだまとわりついている。“母なる水”メコンの豊かさと、川とともに生きる人々の暮らしを、一度は訪ねてほしい。

 
can tho city

▲カントー市内の市場も活気に満ちていた。

 
 

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