半島彩発見

【西彼杵半島】夕景の美しい海岸線を縦断!祈りの半島を旅する

文/大沼聡子 撮影/大泉省吾

「ながさきサンセットロード」がつなぐふたつの枝半島

海岸線が入り組み、複雑な地形を持つ長崎県は半島の宝庫だ。旅したのは、長崎市の中心部から西南に延びる、西彼杵(にしそのぎ)半島と長崎半島のふたつの枝半島。今回はまとめて“西彼杵半島”として紹介したい。

 
世界遺産を抱くこの半島は、キリスト教がひそかに信仰されてきた歴史を後世に伝える地でもある。東シナ海に面した海岸沿いの国道202号、国道499号などを結ぶ「ながさきサンセットロード」でふたつの枝半島を縦断すると、どこまでも続く夕暮れの海に癒やされるとともに、歴史の重みを感じさせる風景に心が揺さぶられる。市街地から少し足を延ばして、美しい祈りの半島を巡ってみよう。

 

絶景カフェで焼きたてのパンとコーヒーを

▲パン・オ・ショコラやスコーン、クロックムッシュなど、各国の本格的なパンやスイーツが楽しめる。

 
長崎空港から車で1時間ほど、旅の最初の目的地に選んだのは「JUNE COFFEE(ジュンコーヒー)」。美しい海を眺めながら小腹を満たして、ひと休みしたいと考えたのだ。

 
店の扉を開けると、そんな期待に応えてくれるかのように、ほわっと鼻腔を抜けるパンとコーヒーのいい香り。そして、目の前に広がるのは期待した以上のオーシャンビュー!ここはパリやロンドン、オーストラリアでブーランジェとパティシエの修業を積み、バリスタの資格も持つオーナーの西原千草さんが2021年、自身が生まれ育った畦町(あぜまち)にオープンしたスイーツも楽しめるベーカリーカフェだ。

 

▲オープンエアのテラス席。この日は雨上がりの海を眺めながら、ゆったりとした時間を過ごすことができた。

 
店頭に並ぶパンとスイーツは40~50種類と、思わず目移りしてしまうほどバラエティ豊か。たとえば、丸い食事パンのカンパーニュやバターたっぷりのクロワッサンにはフランスの国旗が、こんがりと焼かれたスコーンにはイギリスの国旗が表示され、西原さんが修業先の国々で覚えてきた本場の味が並ぶ。

 

▲各国の個性豊かなパンのほか、ショーケースに色鮮やかなスイーツが揃う。テイクアウトもできる。

 
実は修業先の海外から帰国した当初、都会での開業を考えていたという西原さん。故郷に店を開いた想いについて、こう教えてくれた。

 
「長崎が若者の流出が特に多い県であることや、地元の友人たちが休日に県外に出かけてカフェ巡りをしていることを知って、もっと地元を盛り上げていきたいという気持ちが生まれたんです。市内からは少し離れていますが、ここには美しい海と歴史を感じられる風景があります。ぜひ、ドライブを楽しみながら、足を延ばしてほしいですね」

 

▲上/海外の美術館をイメージしてつくられた店内は、全席オーシャンビュー。下/本格的なラテアートも楽しめる。

▲左/海外の美術館をイメージしてつくられた店内は、全席オーシャンビュー。右/本格的なラテアートも楽しめる。

 
提供するコーヒーには、パンやスイーツに合わせてブレンドした自家焙煎の豆が使われており、コーヒー好きにとってもうれしい。あまりの居心地のよさに、時間を忘れて過ごしてしまう店だ。

 

JUNE COFFEE 本店
住所:長崎県長崎市畦町1192-1
電話:090-6801-3277
URL:https://www.instagram.com/junecoffee_

 

丘の斜面に立つ世界遺産「出津教会堂」へ

▲外海地区の信徒たちを見守り続ける、穏やかな表情のマリア像。

 
世界遺産巡りは、西彼杵半島ならではの旅の醍醐味。東シナ海に面した外海(そとめ)地区には、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつ、「外海の出津(しつ)集落」がある。その美しいシンボルとなっているのが「出津教会堂」だ。

 

▲外海地区のシンボルとなっている「出津教会堂」。国の重要文化財にも指定されている。

 
17~19世紀にキリスト教が禁じられていた時代、外海地区をはじめ各地に暮らす潜伏キリシタンたちは聖画や教義書などをひそかに伝承し、自分たちで信仰を続けてきた。その後、1873年に政府が禁教令を解除。長く人々を苦しめてきた弾圧がようやく終局を迎えると、次々と新しい教会堂が建てられていった。

 
この教会堂も、そんな歴史を物語る貴重な建築物のひとつ。1882年、この村に暮らす人々の貧しい生活をなんとかしようと、私財を投じて建設したのがフランス人宣教師のマルク・マリー・ド・ロ神父だった。つくったのは教会堂だけではない。田畑に乏しく、厳しい自然環境の中で信仰を守り抜いた人々のために、マカロニ工場や製粉工場なども建てて仕事を生み出し、「自立して生きる力」を与えたのである。

 

▲敷地内に立つド・ロ神父の胸像。「ド・ロさま」と呼ばれて親しまれたという。

 
華やかな装飾はないものの、山の緑に真っ白な漆喰の外壁がよく映えて美しい。できるだけ多くの場所から見えるようにと小高い丘の斜面に建てられており、強い海風に耐えるために天井の低い瓦葺きの平屋建てになっているのだという。

 
現在も信徒が祈りを捧げる場として使われており、定期的にミサなどの行事が行われている。見学の際は事前に下記のWebサイトより申し込み、マナーを守って訪れてほしい。

 

出津教会堂
住所:長崎県長崎市西出津町2633
URL:https://kyoukaigun.jp/archives/culture/673-2
(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

 

漁師がつくる、新鮮な魚が盛りだくさんの「海鮮丼」

▲名物の「海鮮丼」は、店主がその日に釣った7~8種類の魚がびっしり!

 
外海地区から南下して昼食をとろうと向かったのは、長崎半島の先端にある野母崎(のもざき)地域の食事処「一水(いっすい)かな」。お目当ては、漁師が自ら釣った鮮度抜群の魚でつくるという、評判の「海鮮丼」だ。

 
にこやかな笑顔で迎えてくれたのは、地元の人々から“マスター”と呼ばれて親しまれている、店主の村田稔さん。さっそく注文すると、たくさんの刺身で埋め尽くされた、豪快な海鮮丼が運ばれてきた。「今日はねえ、ヒラマサ、カツオのたたき、タイ、カンパチ、イスズミ、カンボラ、イサキ。えーと……、あとひとつはなんやったかな。あっ、ヒラアジ!」と、店主でさえ覚えきれないほど。

 
海鮮丼に使う魚は全て、その日に自分で釣ったものだけを使うことにしているのだそう。鮮度のよさは言わずもがな、多彩な地魚を味わえるのが楽しい。村田さんは漁業権を持っているが、釣るのは自分の店で使うぶんだけ。天候のせいで漁に出られない日はどうするのかたずねると「よそからは仕入れないから、店はお休み!」と潔く答えてくれた。

 
海鮮丼と並ぶもうひとつの人気メニューが「アジフライ定食」だ。揚げたてのアジフライをパクッとほおばると、びっくりするほど身が厚くてふわふわ!サクッと薄づきの衣とのバランスもよく、思わず顔がほころんでしまう。

 

▲「アジフライ定食」もファン多し!肉厚のアジのうまさを堪能できる。

 
かつて村田さんは、生まれ育った野母崎を離れ、大阪で30年ほど炉端焼きの店を営んでいたという。2016年に故郷に戻り、漁師だった父親から漁業権を受け継いで、“現役漁師が営む食事処”を開いた。子どもの頃から釣りをしてきた村田さんにとって、海は自分の庭のようなもの。今は毎朝4時に起きて、船で“仕入れに出る”のが日課だ。

 

▲子どもの頃から漁に出ていたという、“マスター”こと村田稔さん。

 
「大阪で店をやっていたときは、父が釣った魚を送ってもらってました。でも、ここなら、数時間前に揚がった新鮮な魚をお客さんに食べさせてあげられるでしょ」と村田さん。遠方から通う人も多いと話すが、魚のうまさはもちろん、マスターの心意気もまた、多くの人々を魅了しているのだろう。

 

一水かな
住所:長崎県長崎市野母町3626
電話:095-893-2525
URL:https://www.instagram.com/issuikana

 

「端島」が浮かぶ海を見渡せる展望公園

▲園内には、広島平和公園の「悲願の鐘」と呼応する夫婦鐘「発起の鐘(まごころの鐘)」がある。

 
野母崎地域まで足を延ばしたら、ぜひ訪れてほしい絶景スポットがある。標高約198mの権現山(ごんげんやま)の山頂に広がる「権現山展望公園」だ。公園内の展望台に上れば、東に天草灘、西に五島灘、南に東シナ海を一望できる。そして、「軍艦島」とも呼ばれる「端島(はしま)」を遠くに見ることができるのだ。

 

▲沖に浮かぶ「端島」。遠くからでも廃墟となった建物の様子がわかり、往時の繁栄が偲ばれる。(写真:PIXTA)

 
かつて炭鉱で栄えた端島は、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつとして、世界文化遺産にも登録されている小さな島。1974年に閉山してからは無人島となっているが、最盛期には約5,300人が住んでいたという。廃墟となった鉄筋コンクリート造りの高層住宅群は遠くからでもよく見え、日本の近代化を支えた石炭産業の歴史を肌で感じることができる。

 
さて、訪れたこの日はやや雨まじりの天気。期待していた夕陽はくっきりとは見られなかったが、そのかわりに出合えたのが、半島に架かる大きな美しい虹!そんな奇跡的な風景に遭遇できるのも、この展望公園の魅力なのだ。

 

▲左/雨上がりの夕暮れの半島に美しい虹!右/果てしない海のその先を示す道標も。

 

権現山展望公園
住所:長崎県長崎市野母町3290
電話:095-892-1114(長崎市役所南総合事務所 地域整備課)
URL:https://www.city.nagasaki.lg.jp/sumai/630000/632000/p010172.html
(長崎市公式サイト)

 

和三盆糖を使ったしっとり上質なカステラ

▲和三盆糖の配合を極限まで高めた、プレミアムな味わいが評判のカステラ「琴海の心」。

 
室町時代の終わりに、交易を求めるポルトガル人により、長崎に伝えられたといわれるカステラ。当時はスペインに古くから栄えたカスティラという王国の菓子として紹介されたが、やがて独自の進化を遂げて、長崎銘菓として今に受け継がれている。西彼杵半島の旅のお土産には、ぜひこの半島ならではのカステラを求めてみてはどうだろう。

 
そこで訪れたのは、大村湾を抱く海辺の町で、昭和45(1970)年からカステラを焼き続けてきた「琴海堂(きんかいどう)」。同店のカステラの特徴は、最高級の阿波産和三盆糖と、雲仙市愛野町(あいのまち)で生産される濃厚な味わいの「太陽卵」をたっぷり使った配合で、職人が手焼きで焼き上げること。長崎カステラらしいしっとりとした食感に加えて、上品な甘さと香りがあり、素材のよさが感じられる。

 

▲美しい卵色の生地は焼く前からおいしそう!生地づくりにはミキサーを使うが、仕上げの工程は手作業だ。

 
「1枚1枚が手焼きなので、つくる量が限られるんです」と教えてくれたのは、カステラ愛たっぷりの二代目、山本英樹さん。実際に製造工程の一部を見せてもらうと、職人たちが熱い窯の前につきっきり。均一に膨らむように温度を調整したり、焼きムラがないように火の当たりを変えたりと、熟練の技の連続なのである。

 

▲均一に焼き上がった美しいカステラ。木枠から生地を外すのも、職人による手作業だ。

 
同店を創業したのは、英樹さんの父・洋一さん。長崎市の老舗で職人としての技術を磨いて独立し、理想の味を追求してきた。時代は変わり、カステラ製造も機械化が進んだが、「時代の流れは変わっても、おいの焼くカステラは昔のまんまで変わらんけん」が洋一さんの口癖だったそう。英樹さん自身も、初代から受け継いだ手焼きへの想いは強い。

 
「季節によって気温や湿度も違えば、そのときによって食材の状態も変わります。手焼きのよさは、職人がそんな細かな調整をしながら丁寧につくれること。そして、何よりも心を込めて焼き上げられることなんです」

 
そんなカステラをお土産に持ち帰って味わい、西彼杵半島の思い出を反芻するのもまた、旅から戻った後の楽しみになりそうだ。

 

▲「琴海堂」二代目の山本英樹さん(中央)と、従業員の皆さん。

 

琴海堂
住所:長崎県長崎市西海町1557-3
電話:095-884-2303
URL:https://kinkaidou.com

 

長崎らしい異国情緒溢れる風が吹く

豊かな自然に恵まれた素朴な半島でありながら、丘の斜面には美しい教会が立ち、西欧から伝わり銘菓となったカステラの名店がある。どこまでも続く美しい海を眺めながら周遊すると、やはりここは異国情緒溢れる長崎ならではの風が吹く、特別な半島なのだと思わずにいられない。

 
歴史や文化に思いを馳せながら巡れば、何気ない風景のひとつひとつに物語を見いだすことができる。西彼杵半島は、そんな物語の続きを確かめるために、また訪れたくなる場所なのだ。

 
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。

 

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