半島彩発見 Presented by 「SKYWARD+」
半島彩発見

【能登半島】石川県七尾市
レストラン ブロッサム シェフ
黒川恭平さん

文/中津海麻子  撮影/ミヤジシンゴ

(くろかわ きょうへい)
「レストラン ブロッサム」シェフ。1988年、石川県生まれ。専門学校卒業後、フレンチ懐石「祇園おくむら」(京都)や、フランスのミシュラン星付きレストラン「ラ トリュフィエール」、「ラシーム」(大阪)で腕を磨く。北陸新幹線開通を機に、七尾市・和倉温泉にある両親が営むレストラン ブロッサムを受け継ぐべく帰郷し、シェフを務める。新時代の若き才能を発掘する日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35」にて、2018 SILVER EGG、2019 BRONZE EGG、2023 GOLD EGG受賞。能登半島地震からの復興と地域づくりを目指す「和倉温泉創造的復興まちづくり推進協議会」の委員として和倉温泉の復興計画に取り組んでいる。
www.wakura-blossom.jp

 

再び輝きを取り戻すために、料理人としてできること

国内屈指の人気温泉地としてその名を馳せる石川県七尾市の和倉温泉。温泉街の中心に店を構える「ブロッサム」は、地元で40年以上愛されている洋食レストランだ。

 

▲1983年の開店以来、和倉温泉の地で愛され続けてきたブロッサム。

 
長男として生まれた黒川恭平さんは、店を切り盛りする両親と、父の料理に思わず笑みがこぼれる客の姿を見て育った。「いつか僕も料理でみんなを笑顔にしたい。保育園では将来の夢を『コックさん』と書いたみたいです」。その思いは揺らぐことなく、高校を出ると同時に京都の調理師専門学校に進んだ。

 
学校ではフランス料理を専攻。卒業後はフレンチ懐石で知られる祇園の名店で働き、パリのミシュラン星付きレストラン、大阪の新進気鋭のシェフの下などで腕を磨いた。2015年、北陸新幹線開通を機にブロッサムが改装することになり、約10年の修業を経て、黒川さんは満を持して故郷へ戻る。

 

▲厨房では父・数広さんと連携プレーで料理を仕上げていく。

 
リニューアルの準備をしていたときのこと。定番メニューを見直そうとしたが、常連客が長年頼み続ける料理が多く、結局どれも外せなかった。「うちの店と料理はこんなにも愛されていると改めて知った。しっかりと受け継ぎ、残していかなければ─。その思いを強くしました」

 

▲20種以上の野菜が彩る人気の「能登の農園サラダ」。

 

▲パティシエの姉が作るバスクチーズケーキは通販でも購入できる。

 
才能溢れる若きシェフが加わったことで評判を呼び、ブロッサムには県外から足を運ぶ客も増えた。コロナ禍も乗り越え、迎えた2024年。正月のオードブルを厨房で仕込んでいたとき、黒川さんは経験したことのない激しい揺れに見舞われる。「慌てて店から飛び出すと、目の前の道路がうねって割れた。子どもの頃から慣れ親しんだ和倉の風景は、わずか1分で別世界になってしまった」

 

▲和倉温泉の旅館は多くが休業を余儀なくされ、復興は道半ば。黒川さんはじめ若い世代がまちづくりに力を注ぐ。

 
途方に暮れる黒川さんを奮い立たせたのは、やはり料理だった。地元の飲食店や旅館の料理人たちと声を掛け合い、避難所での炊き出しを始めた。食材はもちろん水や熱源も限られ、調理は決してたやすくはなかったが、「温かい豚汁1杯に被災者の皆さんの表情が緩み、『元気になった。ありがとう!』と。その言葉に僕らのほうが勇気をもらいました」。

 

▲ハンバーグの仕込み。能登牛は脂肪分の融点が低く、ジューシーながらさっぱり仕上がるという。

 
実は震災の前、黒川さんは若手料理人のコンテスト「RED U-35」の二次審査に残っていた。次の審査は1月17日。辞退も考えたが、「炊き出しで触れた多くの笑顔に食が持つ力を改めて感じた。能登の現状を知ってもらうためにも、今こそ出場すべきだ」。そして、見事ファイナリストに選抜される。決勝の食材は「能登牧場の能登牛」と決めていた。「水もない、道が寸断され出荷もできないという状況の中、農家さんが必死に牛たちの命をつないでいた。そのことを伝えることが、食材を使う料理人としての使命だと思いました」

 

▲決勝でも披露したハンバーグ。粗く挽いた能登牛と能登豚のミンチを焼き上げ、最後に薪火で香りのアクセントを。

 
当初は自信のある王道のフランス料理で参戦するつもりだったが、「死と直面するような体験をしたことで、自分が未来に残せる料理とは?と考えるように。それは、両親から受け継いできた洋食だ、と」。黒川さんは能登牛をはじめ地元食材を使ったハンバーグで勝負に出た。惜しくも優勝こそ逃したが、その健闘を故郷の人々や生産者、そして家族は心から喜んだ。「料理でみんなを笑顔に」。幼い頃抱いた夢は、今も黒川さんの原動力なのだ。

 

▲RED U-35 2023では「GOLD EGG」に輝いた。

 

▲常連客との交流もまた料理の原動力に。

 
店は震災から3カ月後の昨年4月に再開。黒川さんは父と共に厨房に立ちながら、和倉温泉の新たなまちづくりにも力を入れている。「和倉温泉が震災前の、いや、それを超える輝きを放てるように。そしてみんなが笑顔になれるように─。僕は料理人として挑んでいきます」

 

▲父・数広さん、母・敬子さんと。

 

レストラン ブロッサム
住所:石川県七尾市和倉町ヲ部22-2
電話:0767-62-2410
URL:www.wakura-blossom.jp

 
石川県七尾市へのアクセス
東京(羽田)、沖縄(那覇)から小松空港までJALグループ便が運航。小松空港より七尾市まで車で約1時間半。
※最新の運航状況はJAL Webサイトをご確認ください。

 

(SKYWARD2025年5月号掲載)
※記載の情報は2025年5月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

半島彩発見 関連記事

半島彩発見 関連記事

キーワードで記事を探す