半島彩発見

【丹後半島】「海の京都」——心を癒やす絶景と美食を巡る旅

文/中津海麻子 撮影/ミヤジシンゴ

▲日本三景のひとつ、天橋立。(写真:PIXTA)

海と山が出会う豊饒の地へ

「海の京都」と称される京都府北部に位置する丹後地方。日本海に突き出すように今回の旅の舞台、丹後半島がある。

 
日本三景のひとつである天橋立(宮津市)や、伊根の舟屋(伊根町)といった風光明媚な景観で知られるが、古来、大陸への玄関口として栄え、日本海側で屈指の規模を誇る立派な古墳群が数多く残ることから、この地域に王国があったという説も。

 
また、小野小町や静御前はこの地に縁があるといわれ、森鴎外の小説『山椒大夫』の元になった「安寿と厨子王」も宮津に流れ着いている。ほかにも、天女が舞い降りた「羽衣伝説」、伊根に伝わる「浦島太郎伝説」と、伝説や伝承が半島のあちこちに残っているのだ。

 
美しい風景、歴史の息遣い、そして、海と山が近いがゆえのとびきりの美食を求め、いざ丹後半島の旅へ——。

 

まるで「日本のヴェネツィア」! 伊根湾巡り

▲まるで海に浮かぶような、独特の景観を生み出す伊根湾の舟屋群。「日本のヴェネツィア」とも称される。

 
伊根の風景は、何度見てもその美しさに思わずため息がもれる。伊根湾を取り囲むように200軒以上の「舟屋」が軒を連ね、まるで海の上に浮いているよう。

 
舟屋は漁師の仕事場で、1階部分がいわば船のガレージになっている。2階は網干し場などに使われることが多く、最近では住居にする家も。町並み全体が「重要伝統的建造物群保存地区」に、漁村として初めて選定されている。

 

▲1階部分は船のガレージとして、漁船を効率的に出し入れできるよう工夫されている。

 
平安時代には「伊禰庄(いねのしょう)」と記されていたという伊根。江戸時代になると、富山の氷見、長崎・五島列島の三井楽と並び、日本の三大鰤漁場に。「伊根鰤」「丹後鰤」としてその名を轟かせ、今もブランド鰤として人気だ。

 
遊覧船に乗り、唯一無二の景色を海の上から眺めた。エサ目当てのカモメたちの熱烈な歓迎を受けながら、伊根湾へ。湾の中は穏やかで爽やかな海風が心地いい。海、舟屋群、そして山を1枚の写真に収めようと、乗客は皆スマホやカメラを向けていた。

 

▲舟屋の風景を海から楽しめる「伊根湾めぐり遊覧船」。カモメたちが愛嬌を振りまきながら並走する。

 
乗船場には伊根や丹後のお土産品も。人気は「伊根プリン」。山間にある三野養鶏の新鮮な卵と丹後ヒラヤミルクと地元の食材を使ったプリンは、ちょっと硬めの懐かし食感で、やさしい甘さに思わずほっこり。

 

▲遊覧船の発着場・日出駅には、「伊根プリン」をはじめとした伊根特産のお土産が豊富に揃う。

 

伊根湾めぐり遊覧船(日出駅)
住所:京都府与謝郡伊根町字日出11
電話:0772-32-0009
URL:https://www.inewan.com

 

半島北端に佇む「恋する灯台」

▲丹後半島の北端、経ケ岬に立つ白亜の経ケ岬灯台。(写真:PIXTA)

 
丹後半島の北端、経ケ岬へ。

 
駐車場で車を降り、山道を下っていく。歩くこと約20分。海抜148mの断崖には、経ケ岬灯台がひっそりと佇んでいる。白亜の灯台は、日本海の風雨にさらされる厳しい環境にありながら、凛とした美しさをまとう。設置は明治31(1898)年。全国にここを含めて5カ所のみ現存する日本最大級の第1等レンズが使われ、その光量は約55km先まで届き航行の安全を守り続ける。2018年、ロマンスの聖地として「恋する灯台」に選ばれ、2022年には国の重要文化財に指定されている。

 

▲岬の周囲は波の浸食作用で断崖絶壁に。伊根から続くリアス海岸だ。(写真:PIXTA)

 
さらに下ると、柱のような形をした「柱状節理」の岩場が広がる。溶岩が冷えて固まるときにできた柱状の割れ目が風雨にさらされ、長い年月をかけて生まれた景観だ。経ケ岬は柱状節理が非常に太く、岬の周りを高さ40mの柱状節理が約800mも続き、壮観な光景をつくり出している。そのさまはまるで経文を記した巻物を立てたように見え、経ケ岬の名もここからついたとされる。

 

▲柱状節理の岩場が広がる。(写真:PIXTA)

 
美しい断崖は「山陰海岸ジオパーク」の一画をなし、「京都百景」にも選ばれている。この神秘的な風景を、何千、何万年という悠久の時に思いをはせながら、しっかりと目に焼き付けた。

 

経ケ岬灯台
住所:京都府京丹後市丹後町袖志162

 

ハレの日のごちそう、「ばらずし」

▲昔からこの地でお祭りやお祝いなどのハレの日に振る舞われてきた「ばらずし」。

 
丹後地方を代表する郷土料理といえば「ばらずし」。「まつぶた」と呼ばれる木製の浅い箱に、酢飯に、甘辛いサバのおぼろを重ね、錦糸卵、干瓢、かまぼこ、季節の野菜、そして梅酢につけた紅ショウガで華やかに彩るちらし寿司だ。

 

▲彩りも豊かなばらずしの具材。料理長の小幡竜介さんが、まつぶたの酢飯に順に重ねていく。

 
「お祭りやお祝いの席といったハレの日に、お客さまをもてなすごちそうとして受け継がれてきました。酢のきかせ具合やおぼろの味付け、ちらす具材が家庭によって異なり、『うちのばらずしが一番うまい』『いや、うちのほうがうまい!』と、宴席で大人たちが張り合っていましたね」

 
そう言って懐かしそうに笑うのは、京丹後市網野町にある「日本料理/寿司 とり松」代表取締役の小西英央さん。

 

▲干瓢、サバのおぼろ、錦糸卵を載せたらまつぶたの木枠を外し……。

 

▲かまぼこや椎茸、青豆などを彩りよくちらして……。

 

▲ばらずしのでき上がり!

 
独特なのは、サバのおぼろ。いわゆる「そぼろ」で、甘辛く炒り炊いたものだ。かつて丹後の海ではサバがたくさん獲れ、浜焼きにしたサバからおぼろを作っていたが、戦後はサバ缶を使うようになったという。

 
上品な酢飯の酸味と甘辛く滋味深いサバのおぼろが口の中に優しく広がり、野菜の食感が心地いい。不思議とどこか懐かしさを感じる味わいで、全国にファンがいるというのも納得だ。

 

▲店舗では「ばらずし御膳」や「ばらずし会席膳」などを提供。折詰の販売も行っている。

 

日本料理/寿司 とり松
住所:京都府京丹後市網野町網野146
電話:0772-72-0429
URL:https://torimatsu.jp

 

「丹後七姫」が彩るクラフトビール

▲「Tango Kingdom Beer」のラインナップ。従来の瓶に加え、今年の春より缶(6種)も発売。

 
岬巡りで渇いた喉は、地元ならではのクラフトビールで潤そう。京丹後市の道の駅 丹後王国「食のみやこ」の中にある醸造所で造られている「Tango Kingdom Beer」は、喉越しのいいラガータイプ、香り高く芳醇なエールタイプと、さまざまな味わいとスタイルが楽しめる。

 
まず目を引くのは、京都らしい雅で艶やかなラベル。全8種のビールには、それぞれ乙姫、羽衣天女、穴穂部間人皇女、細川ガラシャ、小野小町、安寿姫、静御前と、丹後にゆかりのある7人の姫がデザインされ、この地の歴史の奥深さを物語る。

 

▲創業時より稼働しているドイツ製の醸造釜。ヘッドブルワーの山口道生さんが手動で作業する。

 
醸造を取り仕切るのは、約20年にわたり「Tango Kingdom Beer」を手がけるヘッドブルワーの山口道生さん。「丹後の豊かな海の幸、山の幸と楽しんでもらいたいので、インパクトや個性が強すぎない、優しい味わいのビールを目指しています。僕自身がそういうビールが好き、ってこともあるけどね」とお茶目に笑う。まろやかなモルトの味わい、ホップの香りも穏やかで、料理とあわせることで真価と魅力を発揮するクラフトビールだ。

 
さまざまな時代を波乱万丈に生きた姫たちに思いをはせながら、グラスを傾けてみては?

 

▲道の駅 丹後王国「食のみやこ」にて「Tango Kingdom Beer」を販売。保存に優れた缶ビールはお土産にも最適だ。

 

丹後王国ブルワリー
住所:京都府京丹後市弥栄町鳥取123 道の駅 丹後王国「食のみやこ」内
電話:0772-65-4193
URL:https://tango-kingdom.com

 

全国の食通が集う名店で、丹後の豊かさを五感で味わう

▲住宅街にひっそりと佇む「魚菜料理 縄屋」。

 
丹後ならではの食材を、ここでしか味わえない料理としつらえで——。そんな特別な食を求めて国内外から多くの客が通う料理店がある。京丹後市に店を構える「魚菜料理 縄屋」。特製の炉でパチパチと音を立てる暖かな炎が迎えてくれた。

 

▲キッチンをL字に囲むカウンター席は10席。奥の炉には赤々とした薪火の炎が。

 
ランチ、ディナーともに薪火で調理する懐石のコースを提供する。最初の一品目は「一文字ごはん」。炊き立ての白米がお椀の中で一文字によそわれている。「蒸らしていないごはんのみずみずしい香りや、粒を感じる食感など、これまで体験したことのないお米を感じていただきたくて」と、店主で料理人の吉岡幸宣さん。

 

▲食事のスタートにあわせて炊き上げる。

 
最初に炊き立ての白米を供するのは茶懐石の作法だが、実は「薪火を無駄なく効率的に使うための手段なのです」と吉岡さん。薪火は最初に勢いよく炎を上げ、少し落ち着いて炭火となり、最後は灰になって終わる。ガスなどの熱源がない時代、白米を炊くには強い火力が必要なため最初に炊飯し、炭火になったところで煮物や焼き物を……と、薪火の燃える段階にあわせて調理を進め、客人に提供したという。

 

▲香り、食感、味わい……純粋な米の旨みに感覚が研ぎ澄まされる。

 
「でき立ての一番おいしい状態でお出ししたいという『おもてなしの心』でもあるのです」と吉岡さん。薪火は素材から必要な水分を逃すことなく、独特の芳しい薫香も料理のスパイスに。

 

▲「季節のおまかせコース」は約11品。薪火の状態にあわせて料理を提供していく吉岡さん。

 
吉岡さんはこの地で生まれ育った。高校卒業後、大阪のホテルや京都の料亭「室町和久傳」などで修業し、2006年、故郷に店を構えた。丹後半島の食をこう語る。

「山の栄養分を含んだ雪解け水が海に流れ込み、それを求め小魚が集まり、小魚を求めブリが集まり……と、海と山の距離が近いことで自然のサイクルが早い。豊かな食材が育まれる環境に恵まれていると思います」

 

▲天然アンコウの猪肉巻き、自家菜園の万願寺を添えて。

 
料理に使う野菜は自ら畑で無農薬で栽培。4年前に店を改装した際、薪火を取り入れた。献立はその時期、その日に採れた食材の声を聞き、決めていくという。火がはぜる音、静謐としたしつらえ、香り、食感と味わい——。丹後半島の豊かさを五感で堪能できる名店だ。

 

▲妻の恭子さんと共に店を切り盛りしている。

 

魚菜料理 縄屋
住所:京都府京丹後市弥栄町黒部2517
電話:0772-65-2127
URL:https://www.nawaya-restaurant.com
※完全予約制

 

魅力溢れる丹後半島へ

京都というと、かつて都があったことから市内を中心とした雅なイメージが強いが、「海の京都」と称される丹後半島は、古代から続く歴史が息づき、独特の地形や風景も相まって、どこか神秘的な空気さえ感じさせる。

 
山、川、そして海と、豊かな自然環境がコンパクトにまとまり、極上の海の幸、山の幸を育む。米どころでもあり、丹後産コシヒカリは食味のよさが人気。清らかな水がふんだんにあり、ビールや日本酒はもちろん、最近ではクラフトジンも造られている。

 
まだまだ見るべき風景、おいしいものがいっぱいあるに違いない。海を望む丹後半島の旅で、京都の新しい魅力に触れてみては?

 
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。

 

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