とっておきの話

ポルトガルに“黒豚の秘密”を訪ねて【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

ポルトガルへ行くという人がいると「必ず食べてきて!」と思わず私が薦めてしまうのが“黒豚の秘密”という料理です。かつてリスボンに暮らしていた頃、近所に小さな炭焼き専門のレストランがありました。そこで初めてこの“黒豚の秘密”を食べたとき、うっとりするような霜降り肉の旨味に思わず絶句。自分がもし豚として生まれてくるならこうありたいものだと心底から感じたほどでした。店のオヤジ曰く「アレンテージョ地方の黒豚たちは大自然の中でのんびり幸せに育っているから、文句なしで美味しいんだ」とのこと。早速私たち家族は次の休みに、幸せで美味しい豚が育つポルトガル南部のアレンテージョ地方まで出かけてみました。

 
コウノトリが大きな翼を広げて悠々と舞う空の下には、果てしなく続く広大なコルク樫の森。ポルトガルが世界一のコルク生産国だとは聞いていましたが、周りの景色を見れば納得するしかありません。リスボンを出てものの数十分で景色は完全に別世界、休憩を挟みながらアレンテージョの小さな古都モンサラシュを目指していると、車窓からコルクの木の下に散らばる黒っぽい動物が目に入ってきました。そう、それこそまさしくあの魔法のように美味しい肉を育んでいる、幸せな黒豚たちの姿でした。

 
車を降りてそばの柵まで近寄ってみると、皆たしかにのんびりしていて、なかには温泉にでも浸かっているかのような、幸せそうな表情ですやすやと眠っている豚もいます。「これは美味しいわけだよ」と、隣で夫が羨ましそうに呟きました。

 
モンサラシュに到着するとまず地元の食堂で“黒豚の秘密”を注文。運転手の夫の羨ましそうな顔は視界に入れないようにして飲んだ、地元の赤ワインとこれがまたなんとぴったりなことか。黒豚の“秘密”を掴んで大満足のアレンテージョの旅となったのでありました。

 
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。

 

(SKYWARD2020年2月号掲載)
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