とっておきの話

文明と文化の交差路、パレルモ【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

フィレンツェに暮らしていた頃、シチリアの州都パレルモ出身の友だちがいました。彼女は実家へ帰るとよく私に地元の絵葉書を送ってくれたのですが、ある時はイスラムのモスク的スタイルの建造物、またある時は古代ギリシャの神殿と、そこに印刷された写真はイタリアとは思えぬ被写体ばかり。初めてパレルモを訪れた時には、友人から「シチリアがイタリアだという先入観からいったん離れないとだめよ」と念を押されました。

 
シチリア島は地中海の真ん中に位置していることから、あらゆる文明と文化の交差路となってきました。パレルモはもともとカルタゴという大文明都市を築いたフェニキア人の植民地でしたが、その後は地中海で一大勢力となった古代ローマの支配下に置かれます。ローマ帝国の崩壊後はゲルマン、そしてビザンツの統治を経て、9世紀には海を渡ってきたイスラム勢力に征服されます。シチリアに移住したアラビア人たちは画期的な灌漑技術を導入、農業だけではなく、イスラム商人の介入による商業の発達とともにパレルモは地中海貿易の中心地として、ますます豊かに発展を遂げました。

 
しかし、友人が私に送ってくれた絵葉書のイスラム式建造物はアラビア統治時代に建てられたものではなく、その後シチリアをイスラムから奪い取った、スカンディナビアの血を引く金髪碧眼のノルマン人たちが、アラビア人の職人たちを使って造らせたキリスト教会なのでした。ノルマンはパレルモに王朝を築き、ヨーロッパで最も国際的で最先端の文明を誇る都市となりますが、その名残は今のパレルモからも十分感じられるでしょう。

 
古代カルタゴからローマにイスラム、そしてノルマン。あらゆる激動の時代と毅然と向き合いつつ、多様な文化を包括してきた、寡黙かつ貫禄に満ちた老人。私にとってのパレルモはいつ訪れてもそんなイメージなのでした。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。

 

(SKYWARD2025年10月号掲載)
※記載の情報は2025年10月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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