世界を旅して地球という惑星のダイナミズムを痛感した場所はいくつかありますが、イグアスの滝はそんな中でも最も私を驚かせた場所の一つでした。
イグアスは先住民族の言葉で「大いなる水」を意味しますが、私もブラジルにある大きな滝というイメージしか抱いていませんでした。ところが現地に向かう飛行機で、窓から眼下に広がる緑の森林地帯を眺めていると、彼方に一部分だけ靄(もや)のような蒸気が盛り上がっているのが見えてきました。
何だろうと目を凝らしていると、操縦室のパイロットのアナウンスでそれがイグアスの滝から放たれている水飛沫(みずしぶき)であることを知り、息を呑みました。空から見下ろしても遥か遠方であるにもかかわらず、その水飛沫の範囲の広さといい高さといい、その下にある滝の様子がなかなか想像できません。
世界の三大瀑布(ばくふ)の一つであるイグアスの滝はブラジルとアルゼンチンの国境を跨いでいますが、双方あわせた国立公園自体の広さは東京都全体とほぼ同じ。毎秒放出される水量は多い時季で6万5000tにも及び、それだけの水が約4㎞の幅にわたって275カ所から落下しているわけですから、その音は何キロも離れた場所からですら聞こえてくるほどです。
私は「悪魔の喉笛」と呼ばれる、滝の中でも最も水が激しく落ちている滝壺近辺へのボートツアーに参加したのですが、そばに寄れば寄るほどボートは激しく揺れ、体にかかる水飛沫の勢いと量で口呼吸でなければ息も吸えず、他のお客もパニック状態。カッパを着ていても、岸に戻ったときには全員ずぶ濡れ。それでも、そこにいた誰もが、間近にした地球の威力を一生忘れることはないでしょう。
滝だけではなく、ハナグマやホエザルなど多様な生物が生息している壮大な国立公園の自然も含め、イグアスは驕(おご)りがちな己れの寸法というものを自覚させられたような心地になった場所でもありました。
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。
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