とっておきの話

タイ・チェンセン 象の親友【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

象は子どもの頃から大好きな動物でした。よく絵にも描いていましたが、本物の象は動物園で見ることくらいしかありませんし、檻の中の象はどことなく子どもの目にも寂しそうに感じられるものです。だからいつかは、テレビの野生動物番組で見るような、大草原やジャングルの中で大自然に抱かれて生きる本物の象を見てみたいという思いが募り続けていました。

 
あれから何十年もの月日が経過した昨年の3月。私は雑誌の取材で訪れたタイ北部のチェンセンで、ついに本物の象との接触を叶えることができました。場所はアナンタラというリゾートホテルが管理するエレファントキャンプ。メコン川支流に面した広大な敷地には何頭もの象が飼育されていて、宿泊客はそこで彼らと触れ合うことができます。

 
キャンプ内の象のなかには、かつて都会で人間に金銭目的で芸を仕込まれていたり、どこからか紛れ込んできたりと出自はそれぞれですが、今ではこの上ない環境のなかで悠々自適に過ごす象たちは皆幸せそうな様子です。

 
私が一緒に散歩をしたのは仲良しのメスの二頭。一頭は19歳、もう一頭は39歳。寿命は人間と同じくらいだそうですから、宛(さなが)らお年頃の女子とアラフォー女子の親友という感じでしょうか。活発な19歳の女子の後ろをアラフォー女子が「ねえ、待ってよ」と言わんばかりに慌てて追いかけたり、一緒に水浴びしたり、とにかく仲良し。私はそんな女子たちにそっと近づいて、大きな耳に手を伸ばしてみました。長い睫毛に縁取られた目でじっと見つめられながら、初めて触れた象の耳はほんのり温かく、寛大で優しい感触。見た目からは想像もつかないその温もりに感激して、思わず涙ぐんでしまいました。

 
人間に優しい気持ちと地球を敬う心を目覚めさせてくれる象。あの二頭の仲良しは今も元気かなと、いつも懐かしく思い出しています。

 
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。

 

(SKYWARD2020年6月号掲載)
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