とっておきの話

北海道・支笏湖の秘湯に憩う【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

学校を休ませてでも娘二人をドライブに連れていくほど、母が気に入っていた場所、それが北海道の支笏湖です。若い頃思い立って東京からオーケストラ入団のために北海道に移り住んだ音楽家の母は、この湖のダイナミックかつ崇高さに満ちた佇まいに心の底から惚れ込んでいました。

 
かつて私たちが暮らしていた千歳市内から車でわずか30分。たったそれだけの移動で辿り着ける、緑深い大自然と樽前山などの外輪山に囲まれたカルデラ湖に、私は子ども心に何か畏れ多いものを感じていました。手漕ぎボートで深いところまで行っても、青緑色の湖の底に生い茂る藻や、横たわる木々、そして溶岩が急速に固まった柱状節理の岩の合間を横切る魚影まで見えるほどの透明度。今でもこの湖に来て、地球という星の、人間の想像力を凌駕する圧倒的な光景を目の当たりにしては、自然の計り知れない神秘の力を感じさせられます。ちなみに支笏湖の水は、環境省による湖沼の水質ランキングで10年以上連続1位に選ばれているそうです。

 
そしてもう一つ、私たち親子が支笏湖に惹かれてやまない理由があります。それは何を隠そう、湖の傍に湧く温泉です。支笏湖の周りにはいくつか温泉の湧く場所がありますが、私たちがよく利用するのは北西部に位置する丸駒温泉旅館という、開湯が大正4年の一軒宿。この温泉旅館の魅力はなんといっても湖とつながった足元湧出の露天風呂でしょう。
時期によって水位も温度も変化しますが、それもまたワイルドな温泉ならではの現象です。秋は色とりどりの紅葉に包まれながら、そして冬は積もった雪の中から、紺碧の水を湛えた湖を前に浸かる温泉の心地よさは、一度経験をすると誰しも虜になることは間違いありません。

 
人間の心を浄化させるようなあの特別な感覚は、地球の壮大さと美しさ、そして優しさを兼ね備えた支笏湖を訪れてこそ体験できるものと言えるかもしれません。

 
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。

 

(SKYWARD2019年12月号掲載)
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