とっておきの話

北海道・登別温泉、懐かしのクマ牧場【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

私の小学校時代の修学旅行先は登別温泉とその周辺、有珠山など近隣の火山地帯でした。まさか大人になってから、温泉や火山をネタに漫画を描くことになるとはその時は想像もしていませんでしたが、となるとこの修学旅行の行程で漫画のネタにしていないのは「のぼりべつクマ牧場」のみです。

 
音楽家の母は大の動物好きで、移住地である北海道は彼女にとって天国でした。演奏旅行で遠征をする度に「キツネに出合った」とか「タヌキを見掛けた」などと楽しそうに話をしてくれるのですが、さすがに野生のヒグマと遭遇することは(幸いにも)ありませんでした。そのせいなのか、休みになると我々姉妹は母の運転する車でクマ牧場に連れていかれることが何度かありました。

 
「北海道では山親爺って言われているのよ、貫禄あるわね」と巨体を揺らすヒグマを母はうっとり見つめているのですが、私のヒグマの印象といえば、何よりその図々しい態度でした。「おら、そこの人間ども、ぼんやり眺めてばかりいないで、何かウマいもの投げてよこせ」とでも言わんばかりに、2本足で立ち上がって前足を開き、餌を催促している姿は、まるで中に人間が入っているようにしか見えません。

 
2年前、老齢の母を連れて妹と3人で登別温泉を訪れ、久しぶりにクマ牧場へも足を延ばしました。クマたちは相変わらずデカい態度で、飼育員がいなくても勝手に見せ物の演技をやってみせ、両前足を大きく開き「さあ、褒美だ褒美だ」とつぶらな目を輝かせて訴えかけてきます。母はそんな連中を見ながら「今はこんなだけど、小さい頃は皆、可愛い小熊ちゃんだったのよねえ」と呟き、私は思わず噴き出してしまいました。

 
火山と大森林のなかで逞しく遺伝子を残し続けてきた、毛むくじゃらで愛嬌あるヒグマたち。彼らの板についたオヤジっぷりを描く日が、そのうちくるかもしれません。

 
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。

 

(SKYWARD2019年2月号掲載)
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