とっておきの話

キューバ・ハバナのバーで文豪の面影を追う【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

小学校3年生の時、学芸会で『南京豆売り』という、キューバの名曲を演奏することになりました。私の担当楽器はマラカス。先生からは「この曲はマラカスが命なのよ!」と何度も忠告を受け、私は全身全霊をかけて演奏に挑みました。そして、この体験がきっかけとなってキューバに関心を持つようになった私は、ヘミングウェイの『老人と海』を愛読していたイタリアでの学生時代、ある日友人に誘われて、キューバへサトウキビ刈りのボランティアへ行くことになったのです。

 
大雨のハバナに到着し、古めかしいタクシーに乗り込んだ私は、目的地であるホームステイ先へ行く前に、寄りたい所があると運転手に伝えました。ヘミングウェイが常連だった「エル・フロリディータ」というバーなんですが……と告げると、運転手の表情はいきなりパアッと明るくなり、「よし、わかった!」とやたらと嬉しそうなリアクション。バケツをひっくり返したような土砂降りで前も見えないなか、運転手は後部席の私を何度も振り返りながら、ヘミングウェイが好きなのか、アレはかっこいい男だよねえ、と話しかけてきます。いつ交通事故が起きてもおかしくない状況にハラハラしつつも、車はピンク色の趣のある建物の前へ横付けされました。

 
店に入ると、白い背広を着た大変礼儀正しいバーテンダーさんに案内されて、ヘミングウェイの銅像のあるカウンター席に着席し、早速ヘミングウェイが飲んでいたのと同じフローズンダイキリを注文。目の前に運ばれてきたクリーミーで冷たいその飲み物を一口飲んだ途端、私は「ああ、キューバに来たんだ!」という達成感に満たされました。

 
あれから長い月日がたち、現在のキューバは随分様変わりをしたと聞きますが、いつか再びエル・フロリディータを訪れて、ヘミングウェイの銅像の前で、あのクリーミーなダイキリを味わいたいものです。

 
やまざき まり
漫画家・随筆家。17歳でイタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵・美術史を学んだのち、1997年に漫画家としてデビュー。2010年に『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。平成29年イタリア共和国星勲章「コメンダトーレ」受章。

 

(SKYWARD2018年12月号掲載)
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