とっておきの話

秘窯の里の招き猫【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

夫の母方の実家は代々陶器の製造に携わっていました。今は閉鎖してしまいましたが、かつて夫の祖父が営んでいた工場には今でもそこで作られた陶器が残っていて、昔「これは日本の〝イマリ〟の模倣品だ」と東洋風の絵付けが施された皿を見せてもらったことがありました。当時の私はまだ17歳で日本の陶磁器の歴史や文化についての造詣などほとんどなく、伊万里焼が江戸時代、欧州貴族の間で大人気を博し、現地の陶磁器文化に大きな影響を与えたことを知ったのは、その後しばらくたってからでした。

 
数年前、佐賀へ仕事で出向いた折に伊万里市の大川内山を訪れたことがありました。夫の実家周辺もまたイタリアで有名な陶器の生産地なので、この機会にこの町の様子や窯元の写真を送ってあげようと思いついたからです。大川内山は秘窯(ひよう)の里といわれ、その佇まいは謙虚でありながらも、歴史に名を残す素晴らしい焼き物の生産地として相応(ふさわ)しい品位が感じ取れました。通りを歩いている観光客も皆なんとなくお行儀よく見えるのは、そんな辺りの雰囲気によるものかもしれません。

 
進行方向の先に、ふと可愛らしい三毛猫の姿が目に入りました。猫はこちらを振り返ると、私を誘うようにすいっと目の前の古い陶磁器のお店に入っていきました。つられてこちらも中へ入ると、店内の片隅に小柄なお婆さんが座っていて、戻ってきた猫の頭をよしよし、と撫でています。なるほど、招き猫だったのかと感心しながらお店の中を見回していると、最近の作家のものだという絵付けの小皿に目が留まり、イタリアへのお土産に調達することにしました。

 
狭い畳敷の小上がりでお皿を包んでいるお婆さんを、目の前に座った猫が「きちんと包んでね」と言わんばかりにじっと見つめています。かつて欧州貴族を虜(とりこ)にした焼き物の故郷を守る三毛猫と小さなお婆さんの姿を思い出すと、ほんのりと温かい気持ちになるのでした。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パンデミックの文明論』(中野信子と共著)、『たちどまって考える』など。

 

(SKYWARD2022年4月号掲載)
※記載の情報は2022年4月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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