とっておきの話

“中東のポンペイ” ジェラシュ遺跡【ヤマザキマリの世界逍遥録】

文・イラスト/ヤマザキマリ

ヨルダン北部に位置するジェラシュは、古代から地中海とアジアをつなぐ便利な立地条件を巡って争奪戦が繰り広げられてきた場でありながら、ローマ帝国の統治下になってからは交易や農業で大きな発展を遂げ、ローマ属州における屈指の大都市として栄えました。どれほどの大都市だったのかは、残されている建造物を見れば一目瞭然です。中東のポンペイと呼ばれているジェラシュの遺跡ですが、噴火で埋もれていたわけでもないのに、2000年前のものとは思えない保存状態には驚かされるでしょう。

 
私たち家族がこの遺跡を訪れたのは今から20年ほど前。珍しい楕円状に聳え立つ列柱に囲まれたフォルム(広場)を見た瞬間、古代ローマオタクの夫も、そして私も「なんだこれは!」とたちまち大興奮状態に陥りました。「バチカン広場みたいだ!」と夫は私を置いて駆け出し、私も尊敬する皇帝ハドリアヌスの凱旋門に感涙状態。

 
ところが、テンションが上がり続ける中でふと、さっきまで一緒だった息子が見当たらないことに気が付きました。大慌てで来た道を戻ると、広場の側の木の下で同じ年くらいの女の子とふたりで座り込んでいる姿を発見。「ごめん!」と謝ると、ひどく落ち着いた様子で「いいよ別に。興奮しているみたいだから、ゆっくり見ておいでよ。好きなんでしょ」と冷めた一言。この子は? と隣の少女について尋ねると「お父さん、あの人だって」と指差した先に、木陰のベンチでおじさんがひとり、疲れ果てたように寝ていました。夫ともども、自分たちの興奮の横溢を悉く反省するしかありませんでした。

 
ちなみに、古代文明好きの大人に育った息子にこの時のことを聞いてみると「あんな素晴らしい遺跡に興味がなかった自分が情けない。もう一度行きたい」とのこと。それが叶うのであれば、親のことなど気にせず心ゆくまで楽しんできてもらいたいです。

 
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1・2巻が好評発売中。

 

(SKYWARD2026年3月号掲載)
※記載の情報は2026年3月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 

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