今まで訪ねてきた場所で、行ってみたら思いがけずいいところだった、と感じたのはどこですか、と問われたら、私は迷いなく「オアフのワイキキです」と答えるでしょう。「えっ、ヤマザキさんがハワイ?!」と皆さん驚かれますが、確かに、南国の島も辺鄙な場所ばかり選んでいた私ですから、もし息子がハワイ大学に入学することがなかったら、こんな答えを返すことは一生なかったでしょう。
「そう言わず、騙されたと思って一度来てみてよ」と息子から推され、渋々足を運んだオアフ島ですが、その初めての滞在で私のハワイのネガティブな先入観は一気に払拭されました。
王道の観光地でありながら、オアフ島の醸す自然の効果なのか、まったくその賑やかさが気になりません。島を吹き抜ける風、穏やかな時間の流れ。観光客たちの表情も、ヨーロッパの古都で見かけるのとは印象が全然違います。
ある日、ワイキキビーチのそばにある公園を息子と歩いていたところ、体長5cmほどの小さな小鳥たちの群れが草をついばんでいる光景が目に入りました。あまりの可愛さに足を止め、うっとりと眺めていると、いきなり真後ろから「オーウ!」という奇妙な声が聞こえてきました。振り返ると、腕に荒々しいタトゥーを施したプロレスラーのような巨体の男性が、両手を髭もじゃの口の前で合わせ、目をきらきら潤ませながら小鳥たちの姿に感激しています。男性は野太い声をか細く絞りながら、私たちに小鳥たちを指差しつつ「ソウ、キューッ(キュート)」と繰り返していました。
人々を余計な緊張感からほぐし、解放感に導いてくれるワイキキは、日本の温泉に近いものを感じます。地球の恩恵を体感できる場所とでもいうのでしょうか、大観光地であっても、それにすれることのないハワイのアースパワーは、やはりちょっと特別なものといえるかもしれません。
やまざき まり
漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』、作品集『ヤマザキマリの世界 1967─2024』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、1巻が好評発売中。
『ヤマザキマリの世界逍遥録』単行本、好評発売中!
JALグループ機内誌『SKYWARD』に大好評連載中の「ヤマザキマリの世界逍遥録」より、2018年5月号~2020年10月号に掲載された30編を収録。ヨーロッパ、中東、アジア、アメリカ、南米……世界を旅するヤマザキさんならではの、独自の視点で捉えた各地の魅力をイラストとともに綴っています。さらに特別編として、JALカード会員誌『AGORA』2019年7月号、8・9月号に掲載の、タイ・チェンマイ~チェンセーン~チェンライ周辺を巡った「タイ北部紀行」前後編も併せて収録。
定価:1,430円(税込)
発行日:2021年3月31日
サイズ:四六判(天地:188mm/左右:128mm)
総ページ数:176ページ
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