半島彩発見

【紀伊半島】海辺から山懐まで楽しめる日本最大の半島

文・撮影/高橋敦史

▲和歌山県・熊野本宮大社の近くを流れる熊野川。紀伊半島の魅力は山にもある。

旅の始点は南紀白浜、あるいは奈良や伊勢

数ある半島の中でも紀伊半島は、面積約10,000km²、奈良・和歌山・三重の3県にまたがる日本最大の半島だ。日帰りや1泊旅行で周れる小さな半島とは異なり、エリアは広大。半島内の各地域それぞれが個別の旅先になれる充実ぶりだ。今回はそんな紀伊半島の各地の見所やおすすめの味などを紹介したい。

 
旅の始点は遠方からなら空路で南紀白浜空港や関西国際空港など、また陸路なら西は奈良から、東は伊勢からがおすすめだ。ここでは空路で半島の南・南紀白浜空港に降り立って奈良方面へと北上しつつ、東の伊勢へと旅しよう。

 

刻々と表情を変える円月島は必須の見所

▲沖合に優美な姿を見せる円月島。静かな夕暮れのひと時。

 
南紀白浜の名勝をひとつ挙げるなら円月島(えんげつとう)。円月とはつまり「まあるい月」のことで、白良浜(しららはま)の少し北、南紀白浜空港からもそう遠くない岬の沖合に、中央に穴の空いた小島が優美な曲線を描いて佇んでいる。

 
時間帯によってさまざまな表情を見せるのも魅力で、青空をバックにした日中の姿や、島の向こうに日が沈む夕暮れ時も人気が高い。空の色が絶妙な時間帯にはSNS用の「映え写真」を撮ろうと国内外の観光客がこぞって集まる。

 

円月島
住所:和歌山県西牟婁郡白浜町
URL:https://www.nankishirahama.jp/spot/528/
(南紀白浜観光協会)

 

南紀名物の筆頭格「南高梅」をお土産に

白砂のビーチと温泉で知られる南紀白浜。付近一帯に名物は数あれど、全国のお茶の間で誰もがお世話になっているのはきっと「南高梅」に違いない。日本最大の梅の産地で、収穫量は全国の6割以上を占めるという和歌山県。中でも、みなべ町・田辺市周辺で作られる「南高梅」は皮が薄くて柔らかく、果肉が厚い。梅干しにするのにぴったりの品種だ。

 

▲完熟の南高梅を使った人気商品「紀州産南高梅 しらら」。「紀州梅の里なかた」にて。

 
観光で立ち寄るなら、創業明治30(1897)年の老舗・中田食品の本社工場敷地内にある「紀州梅の里なかた」をおすすめしたい。まるで道の駅かと思うようなスタイリッシュな和風建築の直売店で、梅干しや梅酒など、各種梅製品が購入できる。

 

▲本社工場敷地内にある立派な直売店。店内には梅干しなど各種製品が並ぶ。

 
「南高梅は南部(みなべ)郷の高田さんが作った品種で、かつ栽培研究に携わったのが地元の南部高校・通称『南高』の先生。その両方の意味を兼ねたネーミングです」と、中田食品の広報課長で「梅干しソムリエ」の肩書きも持つ小串慎一さん。お土産には塩分控えめの「紀州産南高梅 しらら」や、長年の定番商品「梅ぼし田舎漬」などが人気だそう。旅から帰った後にも長く自宅で楽しめる、味わい深い逸品だ。

 

▲上/案内してくれた広報の小串慎一さん。下/工場では作業風景をガラス越しに見学できる。

▲左/案内してくれた広報の小串慎一さん。右/工場では作業風景をガラス越しに見学できる。

 

紀州梅の里なかた 本社直売店
住所:和歌山県田辺市下三栖1475
電話:0739-22-2858
URL:https://www.nakatafoods.co.jp/direct-sales-store

 

熊野古道を歩いて熊野三山やのどかな湯街へ

▲林の中の切り通しに石畳の古道が続く。熊野本宮大社付近にて。

 
紀伊半島の深い山並みは、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」でも有名だ。「熊野古道」と呼ばれる参詣道が各方面から張り巡らされ、霊場である熊野三山、すなわち熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社などへと至る。

 
そのほか高野山や吉野・大峯の霊場も含む広大なエリアを歩くのは当然容易ではないものの、観光客は旅の各所でその片鱗に触れられる。例えば熊野本宮大社を訪ねれば、近くに熊野古道の石畳があり、日本最古の湯といわれる湯の峰温泉が湯けむりを上げる。

 

▲上/日本最古の温泉とされる湯の峰温泉。谷間に佇む「つぼ湯」が有名。下/熊野本宮大社の鳥居前で。

▲左/日本最古の温泉とされる湯の峰温泉。谷間に佇む「つぼ湯」が有名。右/熊野本宮大社の鳥居前で。

 
南紀白浜から熊野本宮大社までは車で約1時間半。紀伊山地の奥へと分け入る道は長いが、海辺とは違う文化や景色に心惹かれる。南東へ向かえば、熊野那智大社や那智の滝なども待っている。一度は足を運びたい、日本の魅力を象徴するかのような絶景だ。

 

▲緑に抱かれた青岸渡寺(せいがんとじ)三重塔と「那智の滝」。(写真:PIXTA)

 

熊野古道
URL:https://www.hongu.jp/kumanokodo/(熊野本宮観光協会)
https://nachikan.jp(那智勝浦観光機構)

 

峡谷渡る「谷瀬の吊り橋」はスリル満点

さて、熊野本宮大社から国道168号線をさらに北上すると、県境を越えて奈良県の十津川村(とつかわむら)へと入る。ここで必見なのが「谷瀬(たにぜ)の吊り橋」。長さ297m、高さ54m。昭和29(1954)年に地元・谷瀬集落の人々がお金を出し合って架けたもので、生活用の吊り橋として日本一の長さを誇る。

 

▲十津川を眼下に望む「谷瀬の吊り橋」。風景は壮大で美しいが、中には怖くて渡れない人も。2025年3月末まで(予定)、工事により通行止め。

 
今では観光名所にもなっていて、ドライブ旅やバイクツーリングの立ち寄りスポットとして人気が高い。とはいえそこは「日本一の吊り橋」で、風のある日はずいぶん揺れるし、すれ違うのがやっとの狭さで、足元の板もきしむ。高い所を苦手としない筆者でも「これはなかなかのスリルだな……」と立ち止まる。

 
ともあれ写真のとおりの絶景なので、橋を渡らずこの谷を見に来るだけでも紀伊山地の奥深さ、自然の豊かさに触れることができるはず。工事のため2024年11月5日から2025年3月末(予定)までは、通行止めで渡ることや見学はできないが、工事が終わったらぜひ訪れてほしい。

 

▲上/橋を渡る観光客が小さく見える。下/きしむ足場板はスリル満点。

▲左/橋を渡る観光客が小さく見える。右/きしむ足場板はスリル満点。

 

谷瀬の吊り橋
住所:奈良県吉野郡十津川村上野地
電話:0746-63-0200(十津川村観光協会)
URL:http://totsukawa.info/joho/kanko/
※2024年11月5日から2025年3月末(予定)まで、工事のため通行止め。工事期間中は「谷瀬の吊り橋」の渡橋、見学はできません。最新情報は十津川村のWebサイトをご確認ください。https://www.vill.totsukawa.lg.jp/traveling_guide/blog/

 

吉野山では「柿の葉寿司」をぜひ

紀伊山地を北上すると、車はやがて世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」にも含まれる吉野・大峯の一帯に着く。春の桜で全国的に有名な吉野山、その下千本(しもせんぼん)にほど近い老舗が「柿の葉すし ひょうたろう」だ。柿の葉寿司は吉野川上流域や五條付近の名物として知られている。

 

▲柿の葉寿司は吉野川上流域の郷土料理。鯖を使うのが本来の姿だ。

 
3代目店主の水本幸太郎さんいわく、「江戸時代からの歴史を持つ、熊野灘で獲れた鯖を内陸で味わうために工夫を凝らした寿司なんです。寿司を包む柿の葉も、昔の方がいろいろ試してたどり着いた素材だと思います」。

 

▲上/風情ある外観も魅力の「柿の葉すし ひょうたろう」。下/慣れた手つきで柿の葉寿司を握る。

▲左/風情ある外観も魅力の「柿の葉すし ひょうたろう」。右/慣れた手つきで柿の葉寿司を握る。

 
話を聞く最中にも柿の葉寿司を求めるお客さんが来る。すると幸太郎さんは一言こう添える。「食べ頃は今晩から明日ぐらいになります」。塩味と鯖の旨味、そして柿の葉の風味がほどよく酢飯に移って馴染むのが、一晩たった頃なのだ。

 

▲3代目店主・水本幸太郎さん(左)と母の裕子さん。

 
「素材は極めてシンプルですが、質が高く脂ののった冬場のマサバを当店専用に買っていて、米も精米後1週間以内の新鮮なものを使います。味の複雑さ、深みが出るように工夫しているんです」と幸太郎さん。

 
隣で淡々と柿の葉寿司を握っているのは、この道50年の母・裕子さん。店名の「ひょうたろう」は想像どおり、幸太郎さんの祖父である初代・兵太郎さんの名前から。代々受け継がれた、木箱に整然と並ぶ地域の味を買い求め、「明日の旅の道すがら、緑の中でランチにしよう」と決めた。

 

柿の葉すし ひょうたろう
住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山429
電話:0746-32-3070
URL:https://hyoutaro.com

 

知る人ぞ知る奈良名物の「かき氷」

奈良市街へは、今回の記事のように南紀白浜から紀伊山地深くを北上する手もあるし、紀伊半島の西岸を高速道路で一気に進む方法もある。そんな奈良で昨今注目される食のひとつが「かき氷」。

 

▲柿と塩ミルクのシロップ、クリームチーズのエスプーマがのった「柿塩ミルク」。

 
奈良時代、宮中に氷を献上するために一帯には氷室が多くあったそう。献氷の文化はやがて廃れたものの、後に氷の神様を祀る氷室神社が創建された。そして近年では「かき氷」が注目され始め、通年提供する店が増えた。そんなひとつがこの「御菓子司 春日庵」。

 
銘菓「さつま焼」がJAL国内線ファーストクラスで提供されたこともある老舗で、2階の茶房で味わえるかき氷が好評だ。夏場に供する和風の定番の他、取材時に食べた「柿塩ミルク」など、洋菓子的手法を用いた季節のメニューもあるから面白い。

 

▲上/定番「抹茶白玉あずき」は4月~10月の提供。下/店舗2階が茶房になっている。

▲左/定番「抹茶白玉あずき」は4月~10月の提供。右/店舗2階が茶房になっている。

 
4代目店主の野崎勝義さんは、「茶房のかき氷は姉が担当しています。季節ごとの独創的な味を楽しみにして、新作が出る度に来店される方もいらっしゃいます」。

 
店は近鉄奈良駅南の旧市街・通称「ならまち」にあり、その中心的存在で世界文化遺産の元興寺(がんごうじ)の緑を茶房の窓から望む。町家が連なる路地も趣深いので、ぜひとも一帯の街歩きとあわせて訪ねたい。

 

▲上/銘菓「さつま焼」でも知られる老舗。下/4代目の野崎勝義さん(右)と姉の児玉由紀子さん。

▲左/銘菓「さつま焼」でも知られる老舗。右/4代目の野崎勝義さん(右)と姉の児玉由紀子さん。

 

御菓子司 春日庵
住所:奈良県奈良市中新屋町29
電話:0742-22-6483
URL:https://www.instagram.com/kasugaan/

 

奥伊勢の自然に浸るSUP体験

紀伊半島の旅の幅広さを知りたいのなら、三重県・奥伊勢で昨今注目されているSUP(スタンドアップパドルボード)がおすすめだ。大台町(おおだいちょう)の「Verde(ベルデ)大台ツーリズム」では、澄み渡る水が美しい奥伊勢湖と宮川をフィールドに、SUPが体験できる。

 
代表取締役でインストラクターの野田綾子さんに聞くと、ここは「明らかに穴場といえる場所」だそう。全国的にはまだあまり知られていないものの、自然豊かで水は清らか。「おいでになったお客さまには『本当に静かでいい所ですね』と言われます」。

 

▲この日は神戸から来た仕事仲間のグループがSUPを体験。

 
SUPは未経験者から上級者まで各コースあり、ライフジャケット着用でボードも安定感があるので心配無用。パドルさばきに慣れればスイスイ進める。取材時に催された半日コースでは、奥伊勢湖を遡って小さな入り江に入り、鬱蒼と木々が茂る谷をパドリング。

 

▲上/明るく元気な野田綾子さんが先生。下/水温が高いときは、わざと落ちたり飛び込んだりも楽しい。

▲左/明るく元気な野田綾子さんが先生。右/水温が高いときは、わざと落ちたり飛び込んだりも楽しい。

 
水面から見上げる緑いっぱいの山肌もSUP中ならではの視点。水温が高ければわざと水に落ちても楽しいし、湖の上に横一列に並ぶ記念写真もすてきな思い出に。SUPツアーの開催は3月末から11月末だが、他にトレッキングやサイクリングなど、冬場も楽しめる陸上アクティビティもある。四季折々の自然の魅力を探しに訪ねてみてはいかがだろうか。

 

▲上/自由さと冒険感もSUPの魅力。下/湖上に並んで写す記念写真はまたとない思い出。

▲左/自由さと冒険感もSUPの魅力。右/湖上に並んで写す記念写真はまたとない思い出。

 

Verde大台ツーリズム
住所:三重県多気郡大台町下真手5-9 Verde Outdoor Base(SUP集合場所)
URL:https://verde-odai.co.jp

 

伊勢の老舗「豚捨」で牛丼やコロッケを

紀伊半島の東の名所といえば伊勢神宮でお馴染みの伊勢。旅の仕上げに名物料理をもうひとつ、と欲張って訪ねた店が「おかげ横丁 豚捨(ぶたすて)」だ。

 

▲「牛丼」がイートインの定番。深みのある色も食欲をそそる。

 
「豚捨」は明治42(1909)年に創業した伊勢市の老舗精肉店で、個性的な店名は「豚を飼っていた初代・森捨吉の精肉店」という意味でお客さんが呼び始めたもの。「牛肉がうまいから豚など捨ててしまえ」という意味だとの逸話もあるように、観光客で賑わう「おかげ横丁 豚捨」の一番人気は、たまり醤油を用いた味わい深い甘辛の「牛丼」だ。

 

▲上/「おかげ横丁 豚捨」は観光がてら行きやすい。下/ゆったりとした店内。写真は2階席。

▲左/「おかげ横丁 豚捨」は観光がてら行きやすい。右/ゆったりとした店内。写真は2階席。

 
店では、伊勢近郊の専属契約農家で育てた黒毛和牛「伊勢牛」などを使うそう。そして名物は他にもあって、店舗前にいつも行列を作っているのが「コロッケ」。むしろこちらのほうが有名かも……というほどの定番で、スナック感覚で食べられることも観光客には嬉しい限り。

 

▲上/「コロッケ」の行列もお馴染みの光景。下/おいしい「コロッケ」。衣がサクサク。

▲左/「コロッケ」の行列もお馴染みの光景。右/おいしい「コロッケ」。衣がサクサク。

 

おかげ横丁 豚捨
住所:三重県伊勢市宇治中之切町52
電話:0596-23-8803
URL:https://okageyokocho.com/main/tenpo/butasute/

 

どのエリアも目的地になる、魅惑の“旅半島”

▲伊勢神宮の内宮へと続く「おはらい町通り」。常に観光客で賑わっている。

 
日本最大の半島だけに、紀伊半島の魅力は尽きることがない。例えば熊野三山も奈良も伊勢も、それぞれを数泊の目的地とするほうがむしろ自然だ。とはいえダイナミックに半島を巡る今回のような旅ならば、半島の広さを体感し、各地の多様な文化や味、レジャーを一度に堪能できる。広大な紀伊半島は、自らの興味に従って自由なコースで旅をするのがいいだろう。どんなルートでも、何度でも楽しめるのが紀伊半島の奥深さといえるのだ。

 
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。

 

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