半島彩発見

【男鹿半島】伝承と新しい風が行き交う地へ

文/中津海麻子 撮影/ミヤジシンゴ

▲日本海に突き出た男鹿半島。入り口では巨大なナマハゲ像に出迎えられる。

神秘溢れる男鹿半島

秋田名物、八森ハタハタ、男鹿(おが)で男鹿ブリコ♪

 
「秋田音頭」の一節で歌われるように、秋田県の男鹿は、厳しい冬場にハタハタ漁が行われ、塩漬けして作る調味料「しょっつる」は、この地の食文化を育んできた。また、怖いお面姿で「悪い子はいねがー?」と、大晦日に家にやってくる「ナマハゲ」の里としても知られる。

 
ハタハタは「鰰」と書き、鬼と誤解されがちなナマハゲは、男鹿では神の化身として信じられている。さまざまな神が息づき、人々の暮らしを支え守ってきたのだろう。海の幸、山の幸も豊かで、伝統的な郷土料理から男鹿の未来を見据える新たなグルメも生まれている。

 
そんな伝承と新しい風が行き交う、神秘溢れる男鹿半島へ旅に出た。

 

男鹿のナマハゲは神々の化身

▲「男鹿のナマハゲ」は「来訪神:仮面・仮装の神々」のひとつとして、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。

 
ナマハゲは男鹿に受け継がれる伝統行事。元は旧暦の小正月(1月15日ごろ。通常、現代では2月中旬)に行われていたが、現在は12月31日の大晦日に開催。今も男鹿では70あまりの集落で行われているという。ナマハゲの語源は「ナモミはぎ」。手や足にできる火型(低温やけど)をこの地の方言で「ナモミ」と呼び、囲炉裏の前から離れない怠け者のナモミを包丁ではぎ取って怠惰を戒める、という意味があるという。

 
本物のナマハゲに会えると聞き、「男鹿真山伝承館」へ。

 

▲男鹿地方の典型的な曲屋(まがりや)民家を移築した「男鹿真山伝承館」。

 
「ドンドン!」「ウォー!!」。廊下を強く踏み締める音、雄叫びに、参加者はみんなびっくり! 「泣く子はいねが? 怠け者はいねが?」と尋ねるナマハゲに、家の主人は「まんず座って酒っこ飲んでくんなしぇ」と酒とお膳の料理をすすめ……。風情ある古民家の座敷で、大晦日の夜にナマハゲがやってくる、という寸劇仕立ての体験ができる。

 

▲雄叫びとともに障子が勢いよく開かれ、ナマハゲがやってくる。本気で怖い。

 
「全国に似たような習俗や伝統行事はありますが、男鹿のナマハゲは真山、本山(お山)に鎮座する神々の化身と信じられています」と、真山神社権禰宜(ごんねぎ)で男鹿真山伝承館館長を務める高森博光さん。その風貌から鬼と勘違いされがちだが、男鹿のナマハゲは、災いを祓い、豊作や豊漁、吉事をもたらす来訪神で、だからこそ、それぞれの家は丁重にもてなすのだ。

 

▲大晦日の夜、家々を訪れ、もてなしを受けるナマハゲ。

 
同館と同じ敷地内にある「なまはげ館」では、さまざまな展示でナマハゲの歴史や文化を学ぶことができる。圧巻は、男鹿市内の各地で実際に使われていた150を超える多種多様なナマハゲのお面。子どもが泣くのも納得な怖いものから、ちょっとコミカルなお面まで。怖いけど大事な神様であるナマハゲへの、男鹿の人たちの愛と畏敬の念が伝わってくる。

 

▲「なまはげ館」には、男鹿各地に伝わるナマハゲ面がずらりと陳列されている。

 
真山は古くから修験道の霊場として、多くの山伏が修行に訪れたといわれている。ナマハゲの起源は、「漢の武帝説」や「漂流異邦人」など諸説あるが、そのひとつに「修験者説」も。修験者は山伏のいでたちで村に下り、家々で祈祷を行った。厳しい修行で髪も髭も伸び放題の凄まじい姿となった修験者を、山の神であるナマハゲと考えるようになった……というのも、なんだかちょっとうなずける。

 

▲左/男鹿真山伝承館館長の高森さん。右/男鹿真山伝承館に隣接するなまはげ館。

 

男鹿真山伝承館・なまはげ館
住所:秋田県男鹿市北浦真山字水喰沢
電話:0185-22-5050
URL:https://namahage.co.jp/namahagekan/

 

雄大な景色と太古のロマンに思いをはせて

▲男鹿半島の西北端にある岬、入道崎。

 
日本海に突き出した、長靴のような形が特徴的な男鹿半島。かつて沖合にあった男鹿島が、本州から流れてきた土砂が堆積したことで陸続きとなった「陸繋島」だ。

 
太古から幾度もの火山活動や地殻変動によって、現在の半島の姿になった。入道崎周辺では、約7000万年前の「溶結凝灰岩」という古い岩石を観察することができる。また、半島の付け根部分にある寒風山は、3万年以上前から何度もの噴火を繰り返し、安山岩の溶岩が積み重なって少しずつ大きくなり今の形になったという。男鹿半島ならではの絶景は、悠久の時代から、地球が、この地が刻み続けてきた「とき」の幾重にも重なった景色なのだ。

 

▲美しい日本海のパノラマを望む。

 
太古の時代にタイムスリップしたような光景、空気感を味わうことができる。それもまた、男鹿半島を旅する楽しさなのかもしれない。

 
そんな男鹿半島の西北端にある岬、入道崎。広々とした緑の草原が広がり、断崖絶壁のその先には、雄大な日本海をパノラマで望むことができる景勝地だ。

 

▲岬の突端に佇む入道埼灯台。

 
岬の突端には「入道埼灯台」が佇んでいる。白と黒のツートンカラーが印象的で、海上保安庁などによる「あなたが選ぶ日本の灯台50選」に選出。日本にある3000基を超える灯台の中で、わずか16しかない「のぼれる灯台」で、階段を息を切らしながら登ると、入道崎と周辺の地形、沖合にある水島までの絶景を一望できる。

 
また、日本財団などが認定するロマンスの聖地「恋する灯台」にも選ばれたことから、縁結びのスポットとして新たなモニュメントも設置された。大切な人と訪れてみては?

 

▲4月上旬~11月上旬は灯台にのぼることができる。

 

入道埼灯台
住所:秋田県男鹿市北浦入道崎字昆布浦
URL:https://www.tokokai.org/tourlight/tourlight01/
※灯台参観(見学)は4月上旬~11月上旬。

 

男鹿の豊かさを味わう「石焼料理」

▲男鹿に伝わる漁師料理をアレンジした「天然真鯛の石焼定食」。

 
入道崎まで足を延ばしたら、「石焼料理」を味わいたい。

 
その昔、男鹿の漁師は獲った魚や海藻、ネギなどを木桶に入れ、そこに炭火で高温に焼いた石を放り込んで煮込み、味噌で味付けをして楽しんだ。この豪快な漁師料理に着想を得て、地元のホテルがアレンジし、「石焼料理」として観光客に提供するようになった。

 
新鮮な魚介類はもちろん、石焼料理に欠かせないのが「金石(かないし)」と呼ばれる岩石だ。男鹿半島北部にある約7000万年前の地層から海中に崩れ落ち、長い年月をかけて丸く削られる。硬くて割れにくく、高温に耐え金属のように真っ赤に焼ける石で、加熱すると温度は800~1000度にも上るとか。

 

▲真鯛と岩海苔と出汁の入った木桶に、熱々に加熱した石を投入すると……。

 

▲あっという間に出汁がグツグツと沸騰する。

 
この郷土料理を求め、入道崎にある「お食事処 美野幸」には、全国から観光客が訪れる。

 
「その日に秋田県沖で揚がる天然の真鯛にこだわっています」と、店主の鳴海孝さん。海がシケて入荷がなかった日は、店を開けないという。「せっかくここまで来ていただくのだから、鮮度のいいものを提供したいのです」

 
「天然真鯛の石焼定食」は、石焼料理に、真鯛の刺身やわかめなどの小鉢が付く。主役の石焼料理は、真鯛の身と頭、後は岩海苔とネギのみとシンプル。味噌を加える店が多い中、塩味がこの店のこだわりだ。

 

▲磯の香りが立ち込め、真鯛の旨味が広がる。

 
加熱され真っ赤になった石を桶に投入すると、出汁がグツグツと沸騰し、蒸気が一気に上がった。鼻をくすぐる磯の香りに、はやる気持ちを抑えながら熱々の出汁を一口。調理法は豪快だが、真鯛の繊細で深みのある旨味が広がり、山椒がアクセントに香る品のある味わいに仕上がっている。

 
まずはそのまま、最後はごはんにゴマ、わさびをのせ、残った身と出汁をかけてお茶漬け風に。真鯛のおいしさ、男鹿の豊かさをとことん味わう贅沢な一品だ。

 

▲店主の鳴海さん。入道崎の入り口に店を構える。

 

お食事処 美野幸
住所:秋田県男鹿市北浦入道崎字昆布浦2-1
電話:0185-38-2146

 

新たなご当地グルメ「男鹿しょっつる焼きそば」

▲男鹿名物しょっつるのおいしさを伝える「男鹿しょっつる焼きそば」。

 
男鹿半島でナマハゲと並ぶ名物が、しょっつる。石川・能登のいしる、香川のいかなご醤油と並ぶ日本三大魚醤で、秋田名産の魚、ハタハタを天日塩とともに漬け込み、発酵させた調味料だ。

 
男鹿のまちおこしに、このしょっつるを使った新たな食文化をつくろうと生まれたのが、「男鹿しょっつる焼きそば」。市内の飲食店では、以下のルールを踏襲したオリジナリティ溢れる焼きそばが楽しめる。

 
 1.タレは秋田名物しょっつるベースの塩味と醤油味
 2.麺は粉末わかめと昆布出汁入りの特製麺
 3.具材に肉を使わない海鮮焼きそば

 
男鹿しょっつる焼きそばを提供する「和風レストラン きりん亭」へ。社長の伊藤智弘さんはまちおこし団体「男鹿のやきそばを広める会」の会長を務めている。

 

▲「きりん亭」の男鹿しょっつる焼きそばはあんかけタイプ。

 
同店の男鹿しょっつる焼きそばは、しょっつるベースのタレがあんかけになっており、麺によく絡み、しょっつるの旨味と香りがグンと引き立つ。レモンやラー油で味変するもよし。タレに使われている男鹿の蔵「諸井醸造」のスプレータイプのしょっつるで「追いしょっつる」もできる。しょっつるの魅力に新たな形で出合えるご当地グルメ。店によって食材や特徴が異なるので、食べ比べてみるのも楽しい。

 

▲男鹿しょっつる焼きそばや「しょっつる空上(からあ)げ」、「ババヘラアイス」などの男鹿グルメの他、その日の仕入れによって変わる「特選 海鮮丼」なども人気だ。

 

和風レストラン きりん亭
住所:秋田県男鹿市船越字内子213
電話:0185-35-2700
URL:https://kirintei.hp.gogo.jp/pc/

 

揚げたてコロッケに舌鼓!

▲地元でも人気の「グルメストアフクシマ」のコロッケ。予約注文して買いにくる人も。

 
男鹿をぶらぶら街歩きするときの「ちょい食べ」にオススメなのが、地元の人気店「グルメストアフクシマ」の揚げたてコロッケだ。

 
大正7(1918)年、東京・品川に福島精肉店を創業した初代の福島秋太郎さんが、コロッケを考案し売り出した。昭和初期に男鹿市に移転し、高級黒毛和牛「秋田錦牛」など、厳選した肉を提供。揚げ物や、和洋中の惣菜も提供するように。

 

▲店を切り盛りする4代目の智哉さん。

 
看板商品のひとつであるコロッケは、秋田錦牛をふんだんに使い、男鹿の天然海水100%の「男鹿の塩」で調味。ジャガイモ、タマネギは、農薬や化学肥料不使用の地元の農家のものを主に使い、小麦粉やパン粉も国産素材、完全無添加とこだわる。「できる限りこの地で生まれた安心、安全な食材を使い、おいしく味わっていただくとともに、自然の恩恵に感謝しながら、生産者の方々の思いも伝えていきたいと考えています」と、先代の父と共に店を切り盛りする4代目の福島智哉さんは語る。

 

▲素材にこだわった揚げたてコロッケは至福の味。

 
揚げたて、いただきます! サクッと揚がった衣とクリーミーなジャガイモに、旨味たっぷりの牛肉は、まさに口福のマリアージュ。選び抜いた素材の質が感じられつつも、日本人が大好きなノスタルジックな「お肉屋さんのコロッケ」に、ほっこりしながら男鹿散策を楽しんで。

 

▲精肉店として創業した「グルメストアフクシマ」。

 

グルメストアフクシマ
住所:秋田県男鹿市船川港船川字船川80-1
電話:0185-23-2624
URL:https://gourmet-fukushima.com

 

男鹿愛溢れるクラフトビール

▲ラインナップは全て、ドイツ・ライプツィヒの「ゴーゼ」スタイル。

 
カフェやショップ、宿泊施設が続々オープンしている男鹿の街。そんな新しい風のひとつ、クラフトビール醸造所の「Brasserie Ogresse Quete(オグレスクエット)」を訪ねた。

 
男鹿で生まれ育ち、関東地方で会社員として20年間勤めた。「そのころベルギービールのおいしさに目覚めました」という平潟秀俊さんは、その後脱サラし、秋田市内でベルギービールのバーを経営しながら、「いつかは故郷でビールを造りたい」と、7年かけて理想のビールのレシピを研究。そして、満を持して2023年8月、自らの醸造所をオープンした。

 

▲自らの理想のビール造りを追求している平潟さん。

 
現在5種をラインナップするが、全て「ゴーゼ」という種類のビール。ドイツ・ライプツィヒのクラフトビールで、乳酸菌で発酵させ、塩や香辛料を用いる。すっきりとした酸味と塩味、柑橘類の爽やかな香りが特徴だ。

 
ラベルには男鹿の風景が描かれている。そしてビールのネーミングは「GOD ZOOM LOVE IN ONE」「GO SHARE DO」。どういう意味?

 
「男鹿の潮瀬崎にある『ゴジラ岩』、ナマハゲが住んでいるといわれる赤神神社の『五社堂』を、そう聞こえる英語を組み合わせた語呂合わせで名付けました」と、平潟さんは遊び心たっぷり。一口飲めば、男鹿の風景と風が感じられるに違いない。

 

▲故郷の男鹿半島で醸すという夢を実現させた醸造所。

 

Brasserie Ogresse Quete
住所:秋田県男鹿市船川港船川字化世沢181
電話:0185-47-7676
URL:https://ogresse-quete.com

 

男鹿の風土を醸す「クラフトサケ」

▲左から、ホップを用いた果実のような瑞々しい味わいの「交酒 花風」、富士山麓に自生する草木などを用いたハーブティーを仕込み水にした「稲と富士山」、「DOBUROKU」。

 
日本酒の新しい潮流「クラフトサケ」。日本酒の製造技術をベースにしつつ、副原料を加えるなどでこれまでにない魅力を兼ね備える新しい酒として、国内外から大きな注目を集めている。

 
そのフロントランナーともいえるのが、男鹿の酒蔵「稲とアガベ」。自然栽培米を食べるお米と同じ程度しか磨かず、米の旨味を酒に描き出しつつ、食品ロスを抑えたサステナブルな酒造りに取り組んでいる。

 

▲醸造所は男鹿駅の旧駅舎を再利用している。

 
男鹿駅の旧駅舎を再利用した醸造施設には、ショップ/カフェ「土と風」を併設する。カフェでは、食のクリエーティブディレクター井上豪希さん、ライフスタイルデザイナーの井上桃子さんの夫婦ユニット「TETOTETO」が監修した「鶏出汁と山椒カレー」や、酒粕を利用した「発酵ソフトクリーム」などが楽しめる。また、男鹿市でコーヒー豆の輸入と焙煎をする「秋田里山デザイン」が、「稲とアガベ」のために焙煎したシングルオリジンコーヒーを提供するほか、「稲とアガベ」のボトル販売、テイスティングも。

 

▲醸造所に併設するショップ/カフェ「土と風」。

 
クラフトサケをはじめ、食やまちづくりの活動を通じ、男鹿の未来を見据える「稲とアガベ」。「土と風」は、男鹿の食や酒を味わいながら、クラフトサケが目指す世界観をおいしく体感できるスペースだ。

 

▲「稲とアガベ」代表の岡住修兵さんと妻の郁美さん。蔵の名前は、日本酒に魅せられた修兵さんと、テキーラ好きの郁美さんが一緒に立ち上げたことに由来する。

 

稲とアガベ SHOP&BAR「土と風」
住所:秋田県男鹿市船川港船川新浜町1-21
URL:https://inetoagave.com

 

「神々」が息づく男鹿半島へ

旅の始まり、男鹿半島の入り口で出迎えてくれた巨大なナマハゲの像の迫力に圧倒された。ナマハゲ体験は、想像していたよりもずっと怖く、しかし、想像を裏切られるほのぼの感に笑みがこぼれた。半島を後にするとき、不思議とナマハゲに守られているような、励まされているような、そんな温かな気持ちに。

 
絶景に、美食に、男鹿を愛する人たちに。そして、あちこちに息づく「神々」に、いつかまた会いにこよう。

 
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。

 

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