世界のコーヒー産地のなかにはリゾートエリアと近接しているものもある。例えばコナコーヒーで名高いハワイ島コナ地区がそうだし、今回ご紹介するバリ島の山中もそう。が、知名度で言えばバリがコーヒー産地と知る人は多くはないし、ましてやその畑が、森の中に高級リゾートホテルが点在するウブド地区からタクシーで行けると知る人もまた、決して多くはないはずだ。今回は、そんな観光気分で行ける穴場を紹介したい。
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森のリゾート・ウブド地区からさらに奥地の火口湖へ
東京から空路で約8時間のバリ島は日本人にも馴染みの一大リゾート。賑やかな歓楽街とリゾートホテルが混在するのが海辺のクタやレギャン、スミニャックなどで、静かな滞在を楽しむなら例えば街外れのヌサドゥアか、車で1時間ほどかけて山中へ分け入るウブド地区。気分に応じて海山を選べるのも「バリらしさ」の一つだろう。
とりわけ森の中のウブド地区は名だたる世界的リゾートホテルも点在し、ディープなバリらしさを堪能できる。そして、そこから車をチャーターしてさらに1時間半ほど山を上れば、今回のコーヒーの故郷・バトゥール山の山裾に至る。
そびえ立つバトゥール山と南東麓に半月状の湖面をたたえるバトゥール湖は観光のハイライトだ。峠まで上ったところにレストランが建っていて、テラス席から見渡す眺めは左に火山、右の眼下に湖。明らかにカルデラ地形と分かるパノラマは、まさに絶景。
バリで感じる特有の雰囲気は、やはりバリ・ヒンドゥー教の影響が大きいだろう。旅人が目にするその一端は寺院の入口に立つ割れ門であり、さまざまな姿をした神々であり、はたまたバリ舞踊の踊り手が着るきらびやかな衣装かもしれない。絶景のレストランを後にして世界遺産のウルン・ダヌ・バトゥール寺院を参拝すると、「神々の住まう場所」であることの意味がなおさら腑に落ちる。
そんなバトゥール山・バトゥール湖周辺の林に埋もれるようにある畑で穫れたコーヒーが、今回ご紹介するバリ神山(しんざん)。日本語の名称からもわかる通り、日本人が地元の人たちと共に生み出し、名づけたブランドだ。
そのバリ神山、精選はウオッシュド(水洗式)が多い一方で、ハニープロセス(半水洗)の人気も根強い。かく言う筆者もハニープロセス特有の甘みを魅力に思う。精選過程で少し残った果肉が発酵することで、優しい甘みをもたらしてくれる。
個性的な豆ゆえあまり多くの店にはないものの、珍しくこれを常時メニューに記す一軒が、東京・都立大学駅の近くにある。
カウンター12席のみの名店で「バリアラビカ神山」を
やってきたのは都立大学駅近くのDUN AROMA(ダンアロマ)。店主の神永卓敬(たくよし)さんが先代から引き継いで13年、店としては創業23年になる人気店だ。
ほの暗い、というより実感としてはその言葉以上に暗い店内。雰囲気はバーを想わせるような上品さで、幅60cmの広めのカウンターが奥まで延々続いて12席。創業当初こそ数卓のテーブル席もあったそうだが、すぐになくしてしまったという。
「先代がこういうお店にしたかったのだと聞きました。物件探しの第一条件は『長いカウンターが置けること』。場所は都立大学じゃなくてもよかったみたいなんですよね」
そう言って笑う神永さんは、実は元々この店の馴染み客。先代がここを閉めると聞いて24歳の若さで店を引き継ぎ、現在に至る。
店では常時12種類のシングルオリジンと2種のオリジナルブレンドを用意。もちろん「バリアラビカ神山」もある。バリ神山のハニープロセスだ。扱う理由こそ「先代からメニューも引き継いだので」と謙遜するものの、本格的な自家焙煎店らしく、多種類の豆それぞれに別個の個性を担わせるよう、焼き具合に細心の注意を払う。
「バリ神山にしかない個性を出したくて、優しい味わいに仕上げています。大粒できれいで、生豆を見た時点で既に美味しそうに見える素敵な豆なんですよ」
コーヒーを出すのが日本一遅い(?)低温でのネル抽出
店のもうひとつの特徴が、約60度という低温でのネルドリップだ。
「お淹れするのに1杯15分ほど……と言うと、初めてのお客さまのなかにはキョトンとされる方もいらっしゃいます」と店主自ら笑うくらいの、じっくり抽出。低温で時間をかけることで、まろやかな味わいに仕上げる。最初の雫が滴り始めるだけでも数分かかり、ミルクパンにようやく溜まったコーヒーは、あらためて火にかけ温度を上げる。
コーヒーは、ずらりと並ぶ背後のカップのいずれかで。マイセン、ロイヤルコペンハーゲン、リチャードジノリ、ノリタケ、大倉陶園……。「器がお好きな方はご指定なさるし、そうでなければお客さまの雰囲気に合わせて私がお選びします」。
バリアラビカ神山はライト(140cc/豆20g)で750円(税込)。ストロング(140cc/豆30g)とデミタス(70cc/豆30g)は850円(税込)。多くの豆で最も美味しいところだけを抽出する贅沢なデミタスだけは、旨味と香りを楽しむべく低温のままで出す。
「この店じゃなきゃ出会えなかった方にたくさん出会えているのが、やっていて楽しいことですね。人と接するのは昔から大好きなんです」
時節柄、取材時点ではテイクアウトと通販のみの営業だったが、通常営業に戻った暁にはぜひともこのカウンター席に座り、落ち着いた大人の雰囲気を堪能したい。
高橋敦史
旅行媒体を中心に活動する編集ディレクター・紀行作家・写真家で、季刊雑誌『珈琲時間』編集長。移動編集社代表。温泉旅行やバックパッカーからリゾート、クルーズまであらゆる旅を撮って書く。昨今はバンライフにも目覚め、移動編集「車」を購入。
自家焙煎珈琲店 DUN AROMA
電話:03-3718-4434
住所:東京都目黒区平町1-22-12
営業時間:12:00〜18:00、20:00〜24:00
(2020年5月1日現在、営業は12:00〜20:00で豆販売・テイクアウトのみ)
休日:月
禁煙。東急東横線都立大学駅から徒歩約2分
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