旅への扉

南フランス アンリ・マティスの光 [Vol.2]

文/町田陽子  撮影/吉田タイスケ

 
第二次世界大戦の真っただ中、71歳のマティスは十二指腸がんの大手術を受け、余命6カ月と宣告された。家に戻り、ベッドの上で絵を描き続ける画家。少しずつ奇跡的な回復をみせるマティスは言った。「まるで第二の人生を生きているような気がする」と。

 
その第二の人生で、さらなる奇跡は起きた。見習い看護師モニク・ブルジョワとの出会いである。職を探していた21歳の彼女は、斡旋所経由でマティスの夜間の看護に雇われ、献身的に手当てや朗読、食事の準備をした。最初は冷淡だった老画家だが、次第に心を開き、若い看護師との間に友情が芽生えていく……。

 

平穏の住処、ヴァンスへ

brioche

▲右/クラクランはヴァンス名物の菓子パン。キャラメリゼしたアーモンドとハチミツが濃厚なブリオッシュ。

 
イタリアに占領され、連合軍による爆撃の危険性が迫ったニースを離れ、マティスは22km離れた町ヴァンスに疎開した。ヴァンスは、石畳みの小径が古い歴史を物語る小さな中世の町。旧市街を歩くと、狭い道がうねうねと曲がりくねっている。夏は強烈な陽光を、冬は冷たい風を遮るための、南仏ならではの構造だ。

 
昼食時に入ったレストランのマダムが、水の入ったカラフをテーブルにうやうやしく置いた。
「医者もお勧めの体にいい湧き水よ。たっぷり召し上がれ」。もともと湯治場として知られていたヴァンスは、旧市街だけでも24の泉がある。水と緑が豊かなこの町は、画家の体を癒やすにも最適な場所だったのだろう。

 
garden

▲左/マティスが暮らしたル・レーヴのヴィラの庭では、無心に絵を描く人々の姿があった。右/石造りのアーチが額縁となってヴァンス旧市街の風景を切り取る。

 
マティスは町外れの「ル・レーヴ(夢)」という名のヴィラに暮らした。看護師のモニクは絵のモデルも務めるようになっていたが、ドミニコ会の修道女になることを決意し、画家の前から去っていった。

 
マティスが6年暮らしたル・レーヴの家の中に入ることができた。現在は、プロアマ問わず絵を描く人たちに貸し出されている。マティスが窓辺越しに描いた椰子の木はずいぶん成長しているが、コロニアル様式の佇まいはそのまま。上階の床には絵の具がこびりついている。

 
vancemuseum

▲旧市街に立つヴァンス美術館。マティスの常設コレクションを有し、素描のほか切り絵画『ジャズ』シリーズや、晩年のロゼール礼拝堂の習作などを見ることができる。

 
この頃、マティスは新しい絵画の手法を創造した。下絵も描かず、じかに色紙をハサミで切り抜く即興的な「切り絵画」という表現。マティスはサーカスを、海藻を、花を、イカロスを切り取った。単純化された線、ピュアな色彩、排除された装飾……。それは、絵画の単純化を追求してきた画家にとって理想的な表現法だった。老いてなお、彼は前衛であり続けていた。

 
修行を終えたモニクが再び画家の前に現れたのは、別離から2年以上たったある秋の日。彼女は修道服を纏い、ジャック・マリーという新たな名を携えていた。運命という名のパズルのすべてのピースがカチッとはまった。最後のミッションに取りかかるときがやってきた。

 

さやけき光の差し込む場所で

stainedglass

▲左/信者側のステンドグラスは椰子の木がモチーフ。右/13mの十字架が空にのびる。

 
一歩なかに入ると、温かい光に包まれる。ここはロゼール(ロザリオ)礼拝堂。修道女となったジャック・マリーから、ヴァンスに礼拝堂を作る夢を聞いたマティスが、最後のエネルギーを注ぎ、無報酬で作り上げた。切り絵画の手法で作った3色のステンドグラス、祭壇、屋根、階段の手すりに至るまで、すべて画家の手による。

 
church

▲白いタイルの壁に漆黒の線で描かれた、究極にシンプルな聖母子像と聖ドミニク像。祭壇背後にはウチワサボテンがモチーフのステンドグラス『生命の木』。

 
しかしこの仕事は順風満帆ではなかった。実はマティスは洗礼こそ受けていたものの真の信者ではなかった。友人ピカソからは「あなたがすべき仕事ではない」と非難され、技術的にも初めて挑戦することばかり。下手をすればキャリアに泥を塗りかねないクレイジーな挑戦だった。それでも、思うように動かない体を酷使し、制作に没頭した。ルーベンスの宗教画に学び、神父に教えを乞い、目を閉じても描けるほどに下絵を繰り返し、これぞマティスと誰もが思う空間を、4年の歳月の後完成させた。

 
「この作品は私の人生の成果です。どれほど不出来な点があろうとも、私の傑作だと考えています」

 
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▲左/シスター・ベルナデット。右/マティスお勧めの訪問時間は冬の午前11時。

 
修道院長のシスター・ベルナデットは言った。「マティスは、昔ながらの教会とは異なる精神的な空間を作ろうとしました。歓びに満ち、光に溢れ、宗教にかかわらずあらゆる人を受け入れる、精神の憩いの場を」。

 
日曜の朝、ミサに出席した。地元の人、パリの人、イギリス人の旅行者、毎週来るという人、2度目の人……。画家が願ったとおり、そこは誰でも温かく迎え入れられる場だった。ミサの後、一人の女性が言った。「ここに来ると、いろいろな問題を忘れられるのです」と。

 
それこそが、マティスの祈り。

 
“この礼拝堂に来た人の心が清められ、心の重荷をおろせるような、そんな場にならんことを─”

 

 
Henri Matisse(1869-1954)
1869年12月31日生まれ。初期には大胆な色彩を駆使し、「フォービスム」の画家といわれる。生涯、色と線と光の調和や単純化を目指し、晩年には切り絵画の手法を見出し、挿絵本『ジャズ』も手がけた。

 
町田陽子
まちだ ようこ/ライター・編集者。2008年に渡仏。プロヴァンスでシャンブルドット(民宿)「ヴィラ・モンローズ」を営む。著書に『南フランスの休日 プロヴァンスへ』(イカロス出版)など。

 
吉田タイスケ
よしだ たいすけ/写真家。2000年よりパリへ拠点を移す。旅、ライフスタイル、ワイン、花を中心に、国内外の雑誌媒体で活躍。

 

Artworks by Matisse : (c) Succession H. Matisse

 

Information about South France

コート・ダジュールにマティスを訪ねる

ヴァンス美術館 Musée de Vence
Musée de Vence
旧市街、17世紀の古城内にある美術館。ヴァンス時代の作品やロゼール礼拝堂のためのデッサンなどが常設展示されている。
電話:33-4-93-24-24-23
住所:2 Place du Frêne 06140 Vence
URL:vence.fr/musee-de-vence/(フランス語)

 
 
ロゼール(ロザリオ)礼拝堂 Chapelle du Rosaire
Chapelle du Rosaire
ヴァンス中心部から徒歩約15分、マティスの手によるドミニコ会の礼拝堂。下絵などを展示する博物館を併設。ミサは水曜18:15・日曜10:00。
電話:33-4-93-58-03-26
住所:466 Avenue Henri Matisse 06140 Vence
URL:chapellematisse.fr/(フランス語)

 
 
〇取材協力:フランス観光開発機構 jp.france.fr、ニース・メトロポリタン・コートダジュール観光会議局 www.nicetourisme.com、ヴァンス観光局 www.vence.fr
サン・ジャン・カップ・フェラ観光局 www.saintjeancapferrat-tourisme.fr、Olivier Gaget
〇コーディネーション:David Michard

 

コート・ダジュール地方へのアクセス

東京(羽田)からパリ・シャルル・ド・ゴール国際空港までJAL直行便が毎日運航。パリでコードシェア便に乗り継ぎ、ニース・コート・ダジュール国際空港へ。

 

(SKYWARD2019年12月号掲載)
※記載の情報は2019年12月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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