旅への扉

南フランス アンリ・マティスの光 [Vol.1]

文/町田陽子  撮影/吉田タイスケ

20世紀を代表する巨匠アンリ・マティスが生涯の制作の地に選んだコート・ダジュールの町ニースからヴァンスへ。自ら“私の傑作”と呼ぶ珠玉の作品、そして、画家にインスピレーションを与え続けた南フランスの魔法の光に出合う旅。

 

コート・ダジュールに魅せられて

ニースに近づくと心躍る。車のラジオからは明るいイタリア語の番組が混ざり始め、パステルカラーの家々と海岸の間で風に揺れる椰子の並木が見えてくる。1860年にフランスに割譲されるまでサルデーニャ王国の一部だったこの町には、南仏のなかでも特別な異国情緒が漂っている。

 
operahouse

▲サレヤ広場のそば、海に面して立つオペラ座。19世紀後半に建造された美しい劇場。

 
フランスの画家アンリ・マティスが初めてニースにやって来たのは、1917年のクリスマスの日だった。6日後に48歳の誕生日を迎える画家はひとりニース駅に降り立ち、海に面したホテル「ボー・リヴァージュ」にチェックインした。なぜわざわざ冬の南仏に? と不思議に思うかもしれないが、18世紀にイギリス貴族が“発見”して以来、ニースは冬の避寒地として上流階級の人々に人気の場所だった。夏の観光地として定着するのは1930年代以降、庶民に有給休暇が与えられ、ヴァカンスが一般化してからのことである。

 
nice

▲左/城塞の裏に位置するニースの港。意外とこぢんまりした佇まい。右/ニース近郊は昔から農地が多く、野菜が美味しい。

 
冬でも5度を下回ることは稀な、暖かい地中海の町。しかしマティスはツキに見放されていた。1年の300日が晴天といわれるコート・ダジュールで、毎日ずっと、雨が降り続いたのだ。「傘くらいしか描くものがなかった」という1カ月が過ぎ、そろそろ諦めて帰ろうかと荷造りを始めたときに、気まぐれな太陽が降り注いだ。

 
「この光を毎朝見られると思うと、その幸福が信じられなかった」

 
フランス北部(ノール県カトー・カンブレジ)出身にして、首都パリでの“雑音”の多い都市生活に嫌気が差していた画家が、運命の光に出合った瞬間だった。この日から、84歳で人生の幕を下ろす瞬間まで、南仏の光の魔法がとけることはなかった。

 
ピカソと共に、20世紀を代表する近代絵画の巨匠と位置づけられるマティスだが、南フランスの自然から得たインスピレーションがなければ、“色彩の魔術師”と呼ばれることもなかっただろう。

 
apartment

▲マティスが暮らしたサレヤ広場のアパルトマン(正面)。

 
marche

▲サレヤ広場の朝市はニースで最も有名なマルシェ。花、野菜、果物がずらりと並ぶ(月曜のみアンティーク市)。

 
今も町を歩けば、旧市街のサレヤ広場のマルシェは四季それぞれの旬の花や野菜で彩られ、城砦公園の丘に登れば、オレンジ色の素焼き瓦の家並みや紺碧の海が一望できる。町中どこを歩いても五感を刺激する色彩に溢れ、惜しげもなく光が降り注ぐ。

 
その光は、ほかのどこの光とも似ていない。時間帯や季節によって刻々と変わる光のハーモニー。波間に、オリーブの葉陰に、部屋の窓辺に……。冬でさえ光がきらめく町。

 
「北部出身の私をとらえて離さないのは、カラフルな1月の輝き、陽の明るさだ」

 
最晩年、マティスはそう語った。

 

ニースに暮らした画家の面影

nice

▲左/最初に滞在したホテル、ボー・リヴァージュ。マティスが泊まった海側の部屋はアパルトマンタイプ。アートをテーマに、全館がモダンに改装されている。右/宿泊者専用ビーチもある。

 
南仏に恋をして以来、夏にはパリに戻ったが、生涯の大半をマティスはニースで過ごした。当初はホテル暮らし、その後サレヤ広場に面したアパルトマン、そしてシミエ地区の豪華マンション「レジーナ」を購入。それが終の住処となった。そのレジーナの隣にマティス美術館がある。館長のクロディーヌ・グラモンさんにニースでの画家について話を聞くことができた。

 
matisse

▲マティス美術館の入り口には晩年の作品『花と果実』が。

 
「マティスがニースに居を定めたのは、ここが文化的なコスモポリタンな町だったことも重要です。1919年に映画スタジオ『ラ・ヴィクトリーヌ』ができ、世界中の映画人が往来し、各国の知識階級も住んでいました。だからこそ、この時代、ニース界隈には多くの画家が集まっていたのです」

 
南フランスで老いたルノワールと絵画論を交わし、ピカソとよきライバル関係を保ち、ボナールと友情を温めたマティス。親しかったコクトーは画家として唯一マティスの葬儀に列席した人である。

 
museum

▲左/モデルにもなったロカイユ様式の肘掛け椅子。右上/シミエの丘に立つ瀟洒なマティス美術館。右下/タヒチ旅行の思い出を描いた『タヒチの窓』。

 
ところで、マティスの作風から、彼自身も穏やかな人だったのだろうと想像していたが、グラモンさんはノンと言う。「マティスは苦悩の人でした。彼の絵から平穏さを感じるとすれば、マティスにとって制作こそが癒やしだったからなのです」。

 
「私が夢見るのは(中略)肉体の疲れを癒やしてくれる、座り心地のいい肘掛け椅子のような芸術です」と言ったマティス。アトリエを観葉植物で埋めつくし、熱帯の鳥や白い鳩を放し、歌声を聴きながら制作していた画家。その面影は、今も町のそこここに宿っている……。

nice

▲左/ニースは砂利のビーチ。打ち寄せる波と転がる小石が奏でる音が、何とも心地よい。右/ひよこ豆の粉でつくるクレープ「ソッカ」の老舗「シェ・テレザ」の店先で。乾杯!

 
Vol.2へつづく

 

 
Henri Matisse(1869-1954)
1869年12月31日生まれ。初期には大胆な色彩を駆使し、「フォービスム」の画家といわれる。生涯、色と線と光の調和や単純化を目指し、晩年には切り絵画の手法を見出し、挿絵本『ジャズ』も手がけた。

 
町田陽子
まちだ ようこ/ライター・編集者。2008年に渡仏。プロヴァンスでシャンブルドット(民宿)「ヴィラ・モンローズ」を営む。著書に『南フランスの休日 プロヴァンスへ』(イカロス出版)など。

 
吉田タイスケ
よしだ たいすけ/写真家。2000年よりパリへ拠点を移す。旅、ライフスタイル、ワイン、花を中心に、国内外の雑誌媒体で活躍。

 

Artworks by Matisse : (c) Succession H. Matisse

 

Information about South France

コート・ダジュールにマティスを訪ねる

ホテル・ボー・リヴァージュ Hôtel Beau Rivage
HotelBeauRivage
マティスが滞在した歴史ある四つ星ホテル。1860年創業。旧市街に位置し、サレヤ広場や街の中心マセナ広場にも近く、便利。
電話:33-4-92-47-82-82
住所:24 rue St François de Paule 06300 Nice
URL:www.hotelnicebeaurivage.com/en/(英語)

 
 
マティス美術館 Musée Matisse
MuséeMatisse
1963年に創立したニースのマティス美術館。シミエ地区の公園内、17世紀の館に、絵画、彫刻などの寄贈作品を450点以上所蔵している。
電話:33-4-93-81-08-08
住所:164 Avenue des Arènes de Cimiez 06000 Nice
URL:www.musee-matisse-nice.org/?_locale=en(英語)

 
 
〇取材協力:フランス観光開発機構 jp.france.fr、ニース・メトロポリタン・コートダジュール観光会議局 www.nicetourisme.com、ヴァンス観光局 www.vence.fr
サン・ジャン・カップ・フェラ観光局 www.saintjeancapferrat-tourisme.fr、Olivier Gaget
〇コーディネーション:David Michard

 

コート・ダジュール地方へのアクセス

東京(羽田)からパリ・シャルル・ド・ゴール国際空港までJAL直行便が毎日運航。パリでコードシェア便に乗り継ぎ、ニース・コート・ダジュール国際空港へ。

 

(SKYWARD2019年12月号掲載)
※記載の情報は2019年12月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

関連記事

EDITORS RECOMMEND〜編集部のおすすめ〜

キーワードで記事を探す