旅ごはん

【ニッポンうどん紀行】岡山「一文字」の小麦から作る親子のうどん

たったひと噛みで陥落した。釜の前でほいと渡された薄茶色のそれを口に放り込んで一呼吸……草か土か、あるいは豆か。ひと言で形容することがためらわれる複雑精妙な味の広がりに思わず顔が崩れる。と同時に、原料の味を多少は知っているつもりだっただけに、正直横っ面を思いきり叩かれたような気持ちにもなった。それくらい、その麺には小麦の真の味わいがあった。

 
そば

▲手早く流水から上げられ輝き出す。

 
一体どんな魔法をかけたのだろう。戸惑いに揺れる口中にまだ畑の余韻が残っている。三代目・大倉剛生(たけお)さんが「ね? すごいでしょ?」といった顔で笑った。

 
岡山県瀬戸内市。父・秀千代さんが手塩にかけて育てた小麦で息子がうどんを打つ。これは小麦をこよなく愛する親子の物語である。

 
「一文字」外観

▲秀千代さんの両親が1982年に開業した「一文字」。当時この辺りでセルフ式は珍しい存在だった。

 

地元の小麦でつくる《地うどん》への挑戦

「日本の食べ物なのにオーストラリアの小麦なの?」

 
さかのぼること27年前。東京から帰郷し二代目として店を継いだ秀千代さんは、ある日知人からこんな疑問を投げかけられた。日本の国民食の原料がなぜ外国産なのか――考えてみればもっともな疑問である。日本でうどんとして食べられているオーストラリア産小麦が実は日本用に開発されたもので、優れた食感や安定性などの利点から讃岐うどんを筆頭に広く親しまれてきたことを、マニアックな情報が手に入りやすい今ならまだしも、当時どれだけの人が知っていただろう。

 
愛する故郷のうどんが輸入小麦でいいのか――このときから秀千代さんの奮闘が始まった。目指すは、自家栽培小麦で作る《地うどん》だ。

 
まず、長船町(おさふねちょう)の土壌に適した小麦探しから始めた。あらゆる品種を試すなかで相性がいいと思えたのが、のちに店の代名詞となる冒頭の「シラサギコムギ」である。しかし、収穫したはいいものの肝心の製粉所が見つからなかった。当時、県内の小規模な製粉所は輸入小麦の影響から軒並み廃業しており、大規模な製粉会社となると一軒分の収量では扱ってくれない。そうした背景から1997年、秀千代さんは石臼製粉機を導入し自家製粉を開始。のちに県の奨励品種「ふくほのか」の栽培も始まった。

 
石臼

▲ふくほのかの製粉中。石臼は小麦に余計な熱が加わりにくく、味や香りを残して製粉できるのが利点だ。

 
さらに11年前には大学を卒業した長男・剛生さんが店に入り、地うどんへの挑戦は二人三脚体制に。勢いを増したかと思いきや、そう簡単にはいかなかったらしい。剛生さんがほろ苦い表情で当時を振り返る。

 
「あの頃はよく麺がブツブツ切れてしまって、お客さまから『こんなのうどんじゃない』と叱られていました。でも、この小麦は絶対に必要とされる、自分たちのやっていることは間違いないはずだと毎晩親父と言い合っていました。今思えば当時はストーリーの部分を押し付けていただけだったようにも思います。お客さまからしたら知ったこっちゃないですよね」

 
手応えを感じるようになったのは4、5年前。噂を聞きつけたうどん好きが遠方からも訪れるようになったのだ。

 
「おいしさは重要ですが、そこまでの過程をどう大事にしているか。かといって、そのストーリーを知っている人だけがおいしいと感じるうどんも違う。日常的な食べ物ですから。何も考えずに食べてもおいしいと思えるものでありたい。このバランスが今やっと取れるようになったんじゃないかと思います」

 

舌で感じる穀物感

注文方法は2種類。自分で麺を湯がくセルフ式とオーダー式があり、セルフ式はふくほのかのみ、オーダー式はふくほのかとシラサギコムギから選べる。ほか、2種類の相盛りで提供される食べ比べセットもある。

 
小麦の違い食べ比べセット

▲小麦の違い食べ比べセット900円(税込)。左がシラサギコムギ、右がふくほのか。

 
トーンはわずかに異なるもののどちらも全粒粉らしく茶色味を帯び、少しざらりとした質感に目の前にある麺が畑生まれの穀物であることを再認識させられる。太切りの蕎麦と思う人がいても不思議ではない。つけつゆにつけずそのまま味わってみると、シラサギコムギは芯の太い風味が長く続き、ゆっくり咀嚼して飲み込めばそれが果汁のように喉へと流れ込み、なんとも朴訥(ぼくとつ)とした余韻が残る。ふくほのかは風味はもちろんのこと、弾力と粘りの均整がとれた食感もよい。それぞれの個性を探りながら食べる唯一無二の時間だった。

 
釜茹で

▲釜から立ち上る湯気の香りさえ野太く忘れがたい。

 
大倉親子の挑戦は今、6次産業化の最中にある。丁寧に二度挽きする「一文字」の粉は小麦本来の風味が楽しめると評価が高く、県内外の飲食店やマイクロブルワリーなどへ年間約300kgを卸している。完全無農薬の合鴨農法を貫く畑も含め総面積は委託農家分合わせて現在約5ha、収量は約18tにも及ぶという。一文字のこれからは? そう訊ねると、剛生さんの顔が次なる挑戦を思ってかほころぶ。

 
「地ビールの醸造家がうちの小麦でつくりたいと言ってくださったり、そのビールを飲んで専用コップを焼いてくれる備前焼の職人さんがいたり、ほかの分野の方と本質的なところでつながる機会が増えていて今後の展開が楽しみです。これがいずれ文化になっていく予感もするし、今その始まりを見ているような気持ちです」

 
秀千代さん

▲シラサギコムギの畑にて秀千代さん。今年も無事収穫を終えた。

 

一文字
電話:0869-26-2978
住所:岡山県瀬戸内市長船町福岡1588-1
営業時間: 10:00~15:00(月・火・木)、10:00~19:00(金~日・祝)
定休日:水、第1・3火

 
井上こん
ライター・校正者。各地のうどん食べ歩きをライフワークとし、雑誌やWebサイト、テレビなどさまざまな媒体でうどんや小麦の世界を紹介。「うどんは小麦でデザインできる」ことを伝えるため、週がわり小麦のうどんスナック「松ト麦」店主の顔も持つ。著書『うどん手帖』(スタンダーズ)。

 
 

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