目次
島々と海とが育む豊かな地域文化
広島県の呉市街から南へ下った瀬戸内海の江能倉橋(えのうくらはし)島半島を形成する「江能倉橋島地域」とは、江田島(えたじま)・能美(のうみ)島・倉橋島の「ふたつの島」などの総称のこと。おやっ?と思うのは当然だが、本州から橋を渡ってすぐの呉市に属する倉橋島はさておいて、不思議なのは「江能」のほう。倉橋島からさらに橋を渡った江田島市はひとつの島なのに地名は「江田島」「能美島」の双方がある。江戸時代から約250年かけて海峡を埋め立てて、2島がひとつになったのだ。
今回は呉市街からのドライブで橋を渡り、これら数珠つなぎの島を巡る旅に出た。多島海美に美食に温泉。あくなき魅力の詰まったエリアを紹介していこう。
音戸の瀬戸を一望する「高烏台展望台」
島へと渡る前に立ち寄りたいのが、本州側の「高烏台(たかがらすだい)展望台」。岬の尾根沿いに広い敷地を持つ「音戸(おんど)の瀬戸公園」の最上部にあり、これから旅する倉橋島方面が一望できる。平清盛像の前からは音戸の瀬戸に架かる大きな赤い橋・第二音戸大橋と、その左奥の小さな音戸大橋もかすかに見える。
幅約90mの切り立つ海峡・音戸の瀬戸は、平安末期の武将・平清盛が10カ月かけて開削させたと伝わるもので、「日招(ひまね)き伝説」でも有名だ。曰く、完成間近のある日の日没間際、引き潮のうちに何とか工事を終わらせたかった清盛が「あと少しだけ日差しがあれば」と沈む太陽を扇で招き返して完成させた、と。
行き交う漁船や定期船を眼下に望んで伝説に思いを馳せる。旅への期待を高めつつ、のんびり景色を見るのもいいだろう。
高烏台(たかがらすだい)展望台 自然 歴史文化
住所:広島県呉市警固屋
電話:0823-25-3309(呉市観光振興課)
URL:https://www.city.kure.lg.jp/soshiki/67/m000016.html
浜辺のカフェでクランペットとコーヒーを
真っ赤な第二音戸大橋で倉橋島に渡ったら、ドライブを続けて桂浜(かつらがはま)に向かいたい。「日本の渚百選」にも選ばれた天然の砂浜を独占するかのように立つ旅館「シーサイド桂ヶ浜荘」の1階にあるのが、目指す「seaside cafe ALPHA」だ。店主の天本雅也さんが、妻の奈津子さんの実家であるこの宿にあった「喫茶アルファ」を改装し、お洒落なブックカフェへと変貌させた。
メニューは多岐にわたるものの、ぜひ頼みたいのは名物のクランペットとスペシャルティコーヒー。クランペットとはパンケーキに似たイギリスの軽食で、イーストで発酵させたモチモチ感が特徴だ。「本来はお店で出すものというより代表的な家庭料理であって、いわば『イギリスの卵かけご飯』みたいなものです」と雅也さん。
「……っていう説明でいいんだよね?」と、雅也さんは冗談めかして奈津子さんのほうを向く。そもそも奈津子さんがイギリスに留学していた関係で、現地でおいしかったその一品を看板メニューに据えたそう。トッピングはバター&メープルシロップ、あんバター、チョコバナナなど多様。筆者は地元・倉橋産のボイセンベリーとバニラアイスがのったものをチョイスして、酸味と甘味のハーモニー、食べ応えのある生地に満たされた。
雅也さんは福岡・博多にあるスペシャルティコーヒーの名店「ハニー珈琲」に勤めた経験があるなどコーヒーに明るく、オリジナルのクラハシブレンドコーヒーの抽出は昔ながらのサイフォンで。「お義父さんが作った『喫茶アルファ』の器具が大切に残されていたのを見つけて、ブレンドの抽出にはそれを生かしたいと思ったんです」。
窓外には穏やかな桂浜の眺めが広がり、はやりのSUP(サップ=スタンドアップ・パドルボード)に興じる人も。たまたま店内にいたフランス人の常連さんも「今日は広島からSUPをしに来たんだよ」と流ちょうな日本語で教えてくれた。かつての喫茶店を引き継いだお洒落なカフェは、今も変わらず、海辺を愛する人たちの憩いの場になっている。
seaside cafe ALPHA 食
住所:広島県呉市倉橋町才ノ木576-7
電話:0823-53-1311
URL:https://seasidecafe-alpha.com/
桂浜の目前に立つ日帰り温泉
桂浜といえば、松林を挟んですぐの「くらはし桂浜温泉館」も必須の立ち寄りどころ。コンクリート打ちっぱなしの円筒形が連なる個性的な外観なのですぐわかる。開放的な露天風呂と広い内湯を持つ浴室が1階と3階にあり、男湯・女湯は週替わり。地下1,650mから汲み上げるお湯は亜麻色で、露天風呂は源泉100%の「金泉」、主浴場は加水した「銀泉」だ。
泉質は含弱放射能−ナトリウム−塩化物泉で肌に滑らか、1階「石の風呂」はローマ風呂のような天井の高い空間を持ち、3階「海の風呂」は開放的な雰囲気がいい。
そもそも、ふるさと創生事業時の住民アンケートで「温泉がほしい」という意見が多かったことで生まれたそうで、だからこそ「地元の方々も『自分らがほしいと言ったんだから大事にせにゃ』と思ってくださっている」と、倉橋まちづくり公社のマネージャー・石濱孝二郎さん。桂浜を訪れる観光客のみならず、地元の人にも愛されている温泉だ。
くらはし桂浜温泉館 体験
住所:広島県呉市倉橋町431
電話:0823-53-2575
URL:https://katsuragahama-spa.com/
海辺の人気食堂で味わう海鮮丼
瀬戸内の旅といえばやっぱり海の幸。そう思ったら倉橋島から早瀬大橋を渡って江田島へ。開店時間前から多くの人が並ぶ人気店「えたじま新鮮市場amamo」を目指そう。かつて漁協が営み年間3万人を呼んだ食堂の閉店はあまりに惜しいと、2024年4月、温泉旅館「江田島荘」が経営を引き継いで装い新たにリニューアルオープン。
ここで頼んだのは「海鮮丼セット」。取材時は夏でカワハギ、タイ、ハモ、イクラなどがふんだんにのっていて彩り豊か。「見るからにおいしそう!」と思わず声が出る。それぞれのお刺身の味と歯応えが地元の甘口醤油と相まって、口の中で溶けていく。「その時々でとれる旬の魚をのせています。秋から冬はハマチやスズキがおいしい季節です」と、担当の矢野祐也さん。
その日とれた近海の鮮魚を使う「amamo定食」など、他にもメニューは多い。「今日の『amamo定食』は、漁師さんがエビをとってきてくれたのでエビの甘酢あんかけです」。
2階建ての店は江田島湾に面した道沿いにあり、1階がショップで2階が食堂。海を見ながら食べられるカウンター席や子ども連れも安心の座敷席なども用意されている。島旅ランチにふさわしい、ゆったり過ごせるおすすめ店だ。
えたじま新鮮市場 amamo 食 買物
住所:広島県江田島市江田島町江南1-1-37
電話:0823-27-7266
URL:https://www.instagram.com/amamo.etajima/(公式インスタグラム)
日差し眩しい江田島のオリーブオイルをお土産に
江田島らしいお土産といえば、オリーブオイルも忘れられない。毎年5月ごろに白い花が咲き、9月末から11月上旬にかけてオリーブの実を収穫する。「オリーブはモクセイ科なので、キンモクセイと同じような小さな花が咲くんです」と話すのは、「江田島オリーブファクトリー」の営業担当・法林慧心(のりばやしえしん)さん。ファクトリーは対岸に倉橋島が見える抜群のロケーションにあって、建物の周囲にも複数種のオリーブの木が植えられている。
「江田島オリーブファクトリー」では、近隣でとれた複数種のオリーブを使い、収穫したその日のうちに搾油する。「いわば100%ジュースのような」フレッシュさ。同社を代表するオリーブオイル「安芸の島の実 江田島搾り」が2019年にイタリアで開催されたコンテストで世界1位、2024年のイギリス・ロンドンのコンテストでも最上位のプラチナを獲得するなど、国外でも高く評価されているそうだ。「風味のバランスや強さの他、辛味のよさなども評価対象なんですよ」と法林さん。
そもそもファクトリーを立ち上げたオーナーは地元で船主業を営んでいた方で、江田島や倉橋島に耕作放棄地が増えるのを憂え、オリーブを植えて地域の名物にすることを思いついたそう。目前に海があってオリーブの植わるテラス席が最高!というこの施設も、廃校になった小学校の敷地の一部を江田島市から借りたもの。
地域に根ざしたファクトリーでは、味わい豊かなオリーブオイルをお土産にするだけでなく、併設レストランでの食事を「オリーブオイルかけ放題」で楽しむこともできる。秋の収穫期には、ガラス越しに搾油風景を見学可。海だけでなく山も豊かな江田島を実感できる、お洒落で清々しい一軒だ。
江田島オリーブファクトリー 食 買物
住所:広島県江田島市大柿町大君862-3
電話:0823-57-5656
URL:https://www.hiroshima-olive.jp/
※JAL Mallでも販売
URL:https://ec.jal.co.jp/shop/g/g0002-9474A/
唯一残った網元が作る本場の「音戸ちりめん」
名残惜しい旅の仕上げにぜひ立ち寄りたいのが、音戸の瀬戸の倉橋島側、真っ赤な第二音戸大橋のたもと近くにある「川口商店」だ。全国に知られる「音戸ちりめん」の唯一の網元で、海に面した道沿いの工場へと近づくと、ちりめんを茹でるいい香りが漂ってくる。
創業100年を超える老舗の6代目・川口覚詞(さとし)さん曰く、「音戸ちりめんの網元は今ではウチだけですが、かつては周囲に3~4軒はありました。決して僕らだけの力ではなく、近隣の代々の漁師が皆で育てた大切なブランドだと思っています」。
川口商店の船は8隻。「漁は4隻が1チームで船団を組みます。網を引く2隻、群れを探して先導する1隻。それから、後についてとれた魚を運ぶ1隻。漁場はここから東へ15分ほど行った所です」と川口さん。とれたちりめんは海に面した工場裏から水揚げし、すぐに籠ごと海水で茹でる。周辺に漂う「いい香り」はこれだったのだ。川口さん自身も毎日漁に出ていて、この日の取材も「今、漁から戻ったところ」。
カタクチイワシは大きさ別に3種類あり、小さなものがちりめんじゃこ。エビ・カニなどの混ざりが少なく色が白くて「粒が揃っている」のが上質の証だ。取材時はちょうど新たにちりめん漁が始まったタイミングで、川口さんは「今日のは特にいい。どこに出しても恥ずかしくないクオリティですよ」と笑みをこぼす。
「作り手の顔が見える食べ物を」とはよくいうが、こうして網元直売で手に入れる新鮮な音戸ちりめんはまさにそれ。素敵な旅の思い出も加わって、炊きたてご飯と食べる味は一層おいしく感じられるはず。漁にまつわる話をたくさん聞いて、知らず知らずのうちに時間が過ぎた。気付けば清盛が招き返したというあの夕日が、川口さんと港に並ぶ船団を明るい光で縁取っていた。
川口商店 食 買物
住所:広島県呉市音戸町坪井3-10-3
電話:0823-51-3703
URL:https://www.rakuten.co.jp/ondochirimen/(川口商店 通販サイト)
車で渡れる気軽さと期待以上の島旅風情
江能倉橋島半島の旅は、呉から簡単に橋を渡ってドライブで行けること、そしてしっかりと地域文化や島旅風情が味わえることが最たる魅力。高台に上れば瀬戸内海に浮かぶ島々の美観が広がり、橋を渡れば島に根付いた穏やかな眺めやグルメの店が待つ。カフェあり、温泉あり、名物料理や土産あり。さまざまな意味での豊かさを実感できる、おすすめの旅先といえるに違いない。
※掲載施設の情報は変更されていることがあります。お訪ねの際はあらかじめご確認ください。
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