旅の+one

人生の旅に寄り添うジャズの音色『Dear Mr.Cole』

【@TRAVEL MUSIC】

撮影/安永ケンタウロス

思い返せば、沖縄へ向かう飛行機に乗り込むときは決まって人生の岐路だったように思う。就職活動をせずに卒業を迎えたとき、音楽で夢をつかむべく上京したとき、ようやく仕事が軌道に乗り始めたとき。リセットやリスタートには、あの青い海を見たくなった。

 
それぞれの旅でいつも寄り添ってくれたのが、ジョン・ピザレリのアルバム『Dear Mr. Cole』だ。ナット・キング・コールへのトリビュートとして作られ、ピアニストのベニー・グリーンとベーシストのクリスチャン・マクブライドとの極上のインタープレイが聴ける素晴らしい作品である。ジャズはセッションを積み重ねることで進化、発展した音楽であり、1曲が5分や10分を超えることはざらなのだが、このアルバムはほとんどの曲が2分~3分で、にもかかわらずプレイヤーの演奏による会話が余すところなく詰め込まれている。一聴して小難しいプレイは一切なく(実はとんでもなくハイレベルな演奏なのだが)ポップにまとまっているのも素晴らしい。その極上のポップさをまとめ上げているのが、ジョン・ピザレリのヴォーカルと強烈なスウィング感を持つギターなのだ。

 
ここに収録されている「On the Sunny Side of the Street」は1929年の世界恐慌を経て1930年に作られ、苦しむ人々に勇気と希望を与えた曲だ。軽快なリズムを奏でるこの曲を聴きながら歩く海沿いの道には、陽の光が射し、足どりは軽くなったものだ。それが逃避の旅であれ、決意の旅であれ。

 
かつて私にも、毎晩のようにジャズバーへ道場破りの如くセッションに繰り出し、打ちのめされ、その日の演奏を録音したMDを持ち帰り練習する日々があった。あの頃から生活は一変し、セッションに行くこともなくなったが、私の周りに音楽が溢れていることだけは変わらない。もし、この自宅スタジオから生まれた曲も誰かの旅に寄り添っているのだとしたら、作曲家にとってそれ以上の幸せはない。

 

『Dear Mr.Cole (ディア・ミスター・コール)』
ジョン・ピザレリ

 
南田 健吾
みなみだ けんご/agehaspringsグループのonetrap所属。作曲家・編曲家。メロディアスな旋律とグルーヴを共存させる音作りが特徴で、YUKI、JUJU、木村カエラ、GENERATIONSなどへの楽曲提供や編曲のみならず、CM音楽、アニメやゲーム作品の主題歌、挿入歌も多数手がけている。

 

(SKYWARD2020年6月号掲載)
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