旅の+one

時空を旅するおすすめ小説、『夢見る帝国図書館』

撮影/安永ケンタウロス イラスト/俵拓也

この本には主人公といえる存在が二人いる。語り手である「私」は上野公園に立つ国際子ども図書館の取材の帰り、喜和子さんに出会う。短い白髪で端切れを接ぎ合わせたコートと頭陀袋みたいなスカートを着て、小柄で痩せていて、孤独をたたえた、謎めいた女性。
上野からほど近い谷中の長屋の一角に一人で暮らす彼女は、上野界隈と図書館をとても愛していて、図書館を主人公に小説を書きたいと思っているほどなのだが、なかなか書けないので「私」にそれを書いたらどうかと勧める。図書館の歴史を題材に、ではなく、図書館を主人公に、である。図書館が生まれて恋をして困難を乗り越える、ということか。喜和子さん同様、こちらもなかなか謎めいているではないか。

 
そしてもう一人の主人公が上野の森に現在も立つ「図書館」である。図書館は本に恋をした。もっと本を。さらに本を。日本が欧米列強と肩を並べるというのなら、それにふさわしい規模の蔵書を備えていなければならないと図書館の充実に尽くした、のちに永井荷風の父となる永井久一郎の逸話に始まり、淡島寒月、樋口一葉、芥川龍之介、菊池寛、谷崎潤一郎、宮沢賢治、林芙美子、宮本百合子、ベアテ・シロタら明治から昭和にかけてその図書館へ通った文士・文化人たちを図書館はどう見ていたのか。この、喜和子さん自身の物語の間に挟み込まれる作中作『夢見る帝国図書館』がとても面白い。

 
戦後の混乱や、現代にまで社会に残る因習に抗って、自由に生きることを最後まで諦めなかった女性の一生をミステリーのように読み解いていく本編。そして明治以降日本の図書館がさまざまな困難を乗り越え、本とそれを愛する人の理想を追い求めた奮闘の歴史。この二つが交わる結末が、自由を求めて生きてゆくことの困難さと素晴らしさを私の心に深く印象づけた。本と自由を愛する人すべての人にお勧めしたい。

 

『夢見る帝国図書館』
中島京子著
文藝春秋
2,035円(税込)

 
笈入 建志
おいり けんじ/往来堂書店代表。店は漱石が「猫」を書いた家や鴎外の家もあった東京・千駄木。楽しく、美しく、そしてときどき考えさせられるもの。そんな本がこぢんまりした本屋で見つかるのを理想とし、分類にこだわらない本の陳列「文脈棚」を実践中。www.ohraido.com

 

(SKYWARD2020年4月号掲載)
※記載の情報は2020年4月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。
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