とっておきの話

着陸を「する」選択と「しない」選択の狭間で【キャプテンの航空教室】

文/下村 賢司 イラスト/高橋 潤

本日はJALグループの翼をお選びいただきまして誠にありがとうございます。

 
突然ですが、皆さまはご搭乗時に「着陸のやり直し」を経験されたことはありますか。また「着陸のやり直し」とは、どういうことだろうと思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、より安心して飛行機にお乗りいただけるようにパイロットの仕事をご紹介いたします。

 
「着陸のやり直し」を、パイロットは「Go Around(ゴーアラウンド)」と呼んでいます。そして、パイロットがGo Aroundを行うのは「着陸できない」からではなく、「着陸しないこと」を選択した結果なのです。Go Aroundを行う要因は非常に多岐にわたります。例えば、滑走路上に鳥などを発見した場合、霧が濃くなったり雨が非常に強まったりした場合や、管制官からの指示などの場合もあります。

 
そのなかで、最も一般的なものは風向や風速の急な変化です。パイロットが飛行機を着陸させる際には、滑走路の定められた位置に、定められた飛行機の姿勢、速度、降下率で接地させなくてはなりません。そのため、滑走路に近付くにつれて、巨大な飛行機をまるで針の穴に通すような精密で繊細な操縦をする必要があります。しかし、飛行機が空中に浮いている以上は風の影響を避けることはできず、特に台風や低気圧の通過の際には先述の条件を満たすことができない可能性が出てきます。その場合に、そのまま着陸に向かうのではなく「あえて着陸しない」という決断をします。それが「Go Around」です。つまり、パイロットはこの先の安全を確保するために着陸をやり直しているのです。

 
戦後、日本の航空業界の発展に尽力したJALの松尾靜磨元社長は「臆病者と呼ばれる勇気を持て」という言葉を残しました。また安全規程には「Go Aroundは通常操作であり、安全を確保する最良の手段である」と定められています。そして、パイロットはGo Aroundの操作をパイロットの資格を得る際、またその資格を維持するために年に計5回受ける審査と訓練のなかで何百回も行い、イメージ・トレーニングを含めると少なくとも何千回以上も繰り返して完璧に体得しています。

 
Go Around後、多くは目的地に着陸できますが、状況によってはやむを得ず目的地の変更や出発地への引き返しを決断せざるを得ないこともあります。そのときは、安全を守るための操作であるGo Aroundを行った決断自体は胸を張れるのですが、お客さまを目的地にご案内できなかったことに対して悔しさでいっぱいになります。その思いを糧に知識・技術・心を磨き、さらに優れたパイロットになるべく日々精進しております。

 
それでは、また大空にて皆さまとお会いできますことを心よりお待ちしております。本日のご搭乗ありがとうございました。

 

下村 賢司 Shimomura Kenji
JAL
ボーイング767型機 機長
出身地:兵庫県
趣味・特技:釣り、魚料理、テニス
座右の銘:無駄な努力はない。
努力の先に道が拓ける。

 

(SKYWARD2022年7月号掲載)
※記載の情報は2022年7月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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