とっておきの話

心の健康【キャプテンの航空教室】

文/岩井 優樹 イラスト/高橋潤

パイロットは出発前に必ず、心身および疲労状態を自ら確認するとともに、同乗するパイロットとも相互に確認しあいます。そして乗務に支障がないと確認後、機長が飛行計画を承認します。パイロットにとって操縦などの技量管理は基本ですが、健康管理もそれと同様に重要な課題なのです。今回はこの健康管理のなかでも特に“心の健康”について、私が日々の生活で意識していることをお話しいたします。

 
飛行訓練と並行して、心の健康についても私なりに勉強を進めてきました。そこでわかったことは、ストレスの原因の一つが“自分の妄想する世界”だということでした。対人関係を例にするなら、「あの人にどう思われていたのかなぁ(過去)」「あの人にどう思われるのかなぁ(未来)」と不安になり、“心ここにあらず”の状態で生活を続ける。すると徐々にその不安が妄想へと変化し、そこから抜け出せなくなってしまうと心は不健康になっていくようです。そして対策の一つには、マインドフルネスやヨガといった過去や未来ではない“今ここ”に心を置くという方法があります。

 
この“今ここ”という言葉ですが、私がこれを実感したのは、まだ航空大学校の訓練生だった頃です。一点集中型の私は、常に変化する気象状況のなかで次々と頭を切り替えて手順をこなす飛行機の世界になかなか慣れることができず、「次の審査はダメかも、退学かも」と、日々頭が不安で埋め尽くされていました。

 
そんな時にお世話になっていたのが、寮の近くのコンビニエンスストアでした。そこでお気に入りの食べ物を買って、食べる。そんな些細な時間が私を救ってくれていました。ただ何も考えずに「おいしいなぁ」という感覚にのみなることができる時間。まさにその時間こそが、私にとっての“今ここ”だったのかもしれません。

 
そして今、日常の生活で“五感を研ぎ澄ませる”ことを心掛けています。歯の一本一本を感じながら歯磨きをしたり、音をたてないように丁寧に扉を閉めたり、道端の草花や樹木を細かく観察したり……。このような時間を過ごしていると、自然と“今”への集中力が生まれて、頭がスッキリする感じがします。

 
最後に、私の“とっておきの時間”をご紹介いたします。それは「焚き火」です。幼少時代の焼きいもパーティーやキャンプファイヤーなど、焚き火の思い出をお持ちの方もおられるのではないでしょうか。燃える炎がゆらめく姿、パチパチと薪がはぜる音、木や煙の匂い、外気や炎の温度、そして季節に応じた花鳥風月にも親しみながら、今を感じられる至福の時間です。

 
と言いつつ、そんなにうまくいかない時もあり、まだまだ修業中ですが、これからも皆さまに安全で快適な空の旅をご提供できるように努めてまいります。皆さまのまたのご搭乗をお待ちしております。

 

岩井 優樹 Iwai Yuki
日本エアコミューター
ATR42/72型機 機長
出身地:大阪府
趣味:キャンプ、釣り
座右の銘:少し損するぐらいが丁度いい

 

(SKYWARD2022年2月号掲載)
※記載の情報は2022年2月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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